⑪学力差・集団指導・個別指導の研究

                 改訂20241030

上記メニュー「指導資料」の内容と重複する箇所があります。
学院長の電子書籍『どの子も伸ばせる指導法』楽天kobo、グーグルブックス 2011年 から引用したものです。

はじめに
当塾が一斉授業から完全に個別指導に移行して、2024年1月で35年になります。本書は、その理由・根拠を詳細に示したものです。「一斉授業よりも安価で、家庭教師よりも高品質な個別指導」を達成できたのは、これらの揺るぎない根拠があったからです。もちろん、教育に「完成」はありませんが…。

目 次

第1章 学力差についての5つの特性
1 学力差の実態調査
2 学力と解答速度・記憶速度の関係
3 成績を大幅に伸ばすのは難しい
4 授業の進行が学力差を比例的に広げる

第2章 集団指導の問題点
1 一斉指導の問題点
2 習熟度別指導の問題点

第3章  1対10個別指導技術 ①開発方針
1 1対10個別指導の利点
2 1対10個別指導開発の優位性
3 指導法の確定
4 開発項目と開発手順

第4章以下は削除しています。

引用文献

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■第1章 学力差についての5つの特性
 生徒間に横たわる学力差について、各種の資料から5つの特性を導き出します。

●第1章1 学力差の実態調査

学年の枠をはずした学力調査
国立教育研究所(現、国立教育政策研究所)は、1982年2月~3月(学年末)に、国語と算数の「学力到達テスト」を小学生約5,000名に実施し、詳細な報告をしています(天野清、黒須俊夫著『小学生の国語・算数の学力』)。
この「学力到達テスト」の特徴は、2つあります。
1つ目は、国語・算数とも、まず小1~小6の学年ごとに80点の教科書準拠の問題を作成し、これを寄せ集めた構成になっていることです(総得点は80点×6学年分=480点)。
2つ目は、この寄せ集めた構成の「学力到達テスト」を小1~小6までの生徒に解かせ、学年の枠をはずした学力の比較を行なっていることです。
通常の学年別テストでは、学年平均よりも20点多いとか、少ないとかがわかるだけです。しかしこの「学力到達テスト」では、例えば、小4平均よりも20点多い生徒は小5生と同等の学力があるとか、小4平均よりも20点少ない生徒は小3生と同じくらいの学力しかないとか、得点差を学年差に換算することができます。

 


図表1-1は国語、図表1-2は算数の学力到達テストの結果です。小1生から小6生までの学年ごとの得点分布を示しています。国語・算数ともに、一番左にある小1生のグラフは、左右対称で学力差の小さい富士山型(正規分布)になっています。しかし、学年が進むにつれて学力差が広がっています。そして富士山型が次第にくずれて下位生を表す左の稜線は低学年側に伸びていきますが、上位生を表す右の稜線は絶壁のように落ちてきます。

著者らはさらに詳しく分析するために、「各児童のテスト得点が、その児童の学年より1学年下の学年の平均得点を下回ったとき、1年の学習の遅滞があり、2学年下の学年の平均得点を下回るとき、2年の学習の遅滞がある」とみなし、各学年の学習遅滞児の割合を報告しています。
この報告を、2,000年ごろまで成績評価として使われた5段階評価と関連づけると図表1-3のようになります。

 

結果からの推測
通常、学力分布は、富士山のような左右対称形になります。実際に、図表1-1、図表1-2ともに、小1・2・3生での得点分布は、左右対称形です。
もし、上位生に足踏みさせないで、次学年以降の学習内容をどんどん教えたなら、左右対称形の得点分布になるはずです。
そこで、図表1-3より国語の場合、小6生で1年の遅滞16.0%、2年の遅滞5.7%、3年の遅滞3.1%となっていますから、左右対称形の得点分布を仮定して、遅滞分をそのまま先行分として折り返すと、1年の先行16.0%、2年の先行5.7%、3年の先行3.1%となるはずです。すなわち、小6生には、小3から中3までの約6年間の学力幅があることになります。
算数の場合も同様に、左右対称形の得点分布を仮定して、遅滞分をそのまま先行分として折り返すと、国語の場合と同じく、小6生には約6年間の学力幅があることになります。

念のために、他の資料で確認しましょう。
アメリカでの「学力の幅」について、上智大学名誉教授の加藤幸次氏は、著書『少人数指導・習熟度別指導』の中で、「学力の幅についてはもう一つ、『当該学年の幅』という考え方があります。これは、学年が上に上がるほど学力の幅が拡がると考えるものです。たとえば、小学校六年生に関しては『六年間の幅』ですが、高校1年生の場合は第十学年だから『十年間の幅』になるわけです。この考え方も実感できるのではないでしょうか。」と述べています。
アメリカの資料をそのまま日本に当てはめることは出来ません。しかし、「人種のるつぼ」と言われるほど、いろいろな人種・民族が住んでいるアメリカでの資料は、いろいろな人種・民族の平均値とも考えられます。その値が日本とアメリカで同じことから、前述の「小6生には約6年間の学力幅がある」という推測は的外れとはいえないでしょう。

それにしても大きな学力差です。1~3年間の遅滞とは、1~3年間余分に小学校に通わないと小6生の平均学力に達しないことになります。授業中に余分にプリントを配ったり、放課後居残りさせたりするくらいではとても追いつかないほどの学力差です。

ところで、教育現場では、同じ学年生でも学力に大きな差があることをうすうす気づいていました。
以前、筆者は社会の得意な小6の中学受験生が、隣に座っている中3生に、日本史を教えている光景を目にしたことがあります(個別指導塾では、隣の席に別の学年生が座ります)。また、当塾では中3生でも国語の読解力の弱い生徒には、小4生用教材で指導します。逆に、小6の難関中学受験生には、中1の国語問題集を解かせます。ある進学塾では、小6の難関中学受験生に文章題を解かせるため、中2の連立方程式を教えています。また、大学によって入試の難易度には大きな差があること、現役で合格する生徒や何度挑戦しても不合格の生徒まで、受験生の学力には大きな差があることを私たちは知っています。

「学力到達テスト」は、これらの事例を説明できる客観的なデータを提供してくれました。しかし、30年近く前に行なわれた古い調査です。そこで最新の調査を探すのですが、無いのです。学年別の学力調査は多くあるのですが、学年の枠を外したこのような学力調査が見当たらないのです。
このようなデータが世間に知れ渡ると、年齢を基準にして学習指導要領を決めている現在の教育制度が崩れるからでしょうか。「プリントを配ったり放課後の居残りで、学力差には十分対応している」というごまかしが通用しなくなるからでしょうか。それとも、この学力到達テストで十分な結果が得られ、これ以上の調査は必要がないということでしょうか。

この節のまとめとして、
学力差の特性(1):学年が進むにつれて学力差が広がり、小6生には学年末の時点で、6年間の学力差がある。

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●第1章2 学力と解答速度・記憶速度の関係
小6生には、小3から中3までの学力幅の生徒がいることが分かりました。次に、この大きな学力差の生じる原因について、考えてみましょう。

学力と解答速度・記憶速度の関係
コンピューターの性能は、その中央処理装置(CPU)の単純命令実行速度と記憶容量の二つに大きく影響されます。そこで、学力も、単純命令実行速度に相当する「単純問題解答速度」と、記憶容量に相当する「記憶速度」の2つに大きく影響されるのではないかと推測できます。
この推測の正しさを別の視点で考えてみます。
まず、学力と「単純問題解答速度」との関係です。高校受験勉強の場合、中学3年間の英数国理社の全範囲が出題されます。膨大な勉強量です。学習速度、すなわち解答速度が遅いと、この膨大な受験勉強が消化できず、未習得となり、低学力と判定されます。一般のテストの場合でも、解答速度が遅いと、解き方を完全に習得した問題でも時間切れで手をつけることができません。結果的に、分からなくて解けなかったこと同じです。つまり、解答速度が遅いのは低学力と同じことになります。このように、解答速度と学力の間には深い関係があります。

次に、学力と「記憶速度」との関係です。教科の学習では、歴史の年号、人物名、県・都市・河川・平野・山脈の名前、漢字の読み書き、英単語、英語基本文の暗記など、記憶力にたよる学習が多いのです。記憶力よりも考える力を養うとされる算数・数学でも、kmとmの関係、倍数と約数の意味、平均や速さを求める公式、百分率と歩合の関係、円周・円の面積を求める公式などは、考える前段階として記憶しておかなくてはいけません。
実際に毎年、中3の4月になってあわてて当塾に入る、入塾テスト成績が100人90番の公立高校合格が困難な生徒がいます。その生徒の中で、漢字や英単語がすっと覚えられる生徒は、翌年3月の公立高校入試までに、大きく伸びて、志望の公立高校に合格できます。反対に、英単語の暗記にてこずる生徒は、早くから入塾していても、公立高校入試に失敗することがあります。したがって、一定時間に何個記憶できるかという記憶速度と学力の間には密接な関係があることが分かります。

単純問題解答速度の調査
国立教育研究所の「学力到達テスト」をまねて、学年の枠を外して単純問題解答速度を比較できるように、共通のテストを小4から中3までの塾生に、学年末の2月に実施しました。共通のテストために選んだのは、図書文化社製中1用『新訂 教研式 学年別知能検査』です。次のような、教科を学習する上で必要な各種の基本的能力を検査する問題から構成されています。(知能検査内容の公開は禁止されています。すべて筆者が作った例えで説明します。)

算数計算分野として
数的推理:例えば、6でも4でも割れる一番小さい整数はいくらですか。
算数図形分野として
模様合わせ:数種の模様から同じ模様を選ぶ。
絵合わせ:4枚の絵を並べ替えてもとの1枚の正しい絵に戻す。
図形の組み合わせ:いくつかの図形の組み合わせて円・正方形などを作る。
異同弁別:5つの図形から同じものを選ぶ。
国語分野として
乱文:「います・禁止されて・内容の公開は・知能検査」を正しい文になおす。
関係把握:ねことニャー、犬と……。
異類語:「ねこ、犬、うさぎ、ねずみ、はと」から異なった種類の語を選ぶ。

いずれも簡単な問題なので、この中1用知能検査を小4・5・6生にしても不利な評価につながらないと判断しました。ただし、この知能検査では、全問が3から6つの選択肢の中から正解を選ぶという問題形式なので、「まぐれ当たりの正解」の確率が3分の1から6分の1までと高いのです。問題を読まなくても、まぐれで164点満点の6分の1の27点という得点が取れるのです。一方、学校での中間・期末テスト・学力診断テストや国立教育研究所の「学力到達テスト」では、用語や計算した数値を記入する問題形式なので「まぐれ当たりの正解」の可能性はゼロに近くなります。
そこで、エアコンにホコリを除くフィルターを設けるように、知能検査結果に次の式で表される「まぐれ正解除去」処理をして、中間・期末テスト・学力診断テストなどと同じ問題形式に近づけました。
(知能検査の正答数)×{(知能検査の正答数)÷(知能検査の回答数)}=得点
例えば、20問に回答して、その内の15問が正解で、5問が間違いの場合、知能検査の正答数=15、知能検査の回答数=20となり、これらを上の式に代入すると、(15)×{(15)÷(20)}=11.25となります。
15問が正解ですから得点15点のはずです。しかし、5問間違えたために3.75の減点となり、結局得点11.25点となります。誤答数の多い生徒は、まぐれ当たりを狙って適当に解答しているとみなし、不利になるような処理です。
この結果、この知能検査結果と学力診断テスト結果などとの相関がよりはっきり出るようになります。

単純問題解答速度の測定結果
このような「まぐれ正解除去」処理をして、図表1-4を得ました。個別指導塾という学力的に下位に偏った生徒構成の当塾から得られた図表1-4から、学校での単純問題解答速度分布を推測するのは不可能です。しかし、あえて言えば各学年の平均値として、「評価5生は、評価1生の少なくとも約3倍の単純問題解答速度である」……学力差の特性(2)となります。なお、単純問題解答速度の速い生徒は、学力診断テストも良い傾向にあります。

念のために、単純問題解答速度について、別の資料を調べることにしましょう。
立命館小学校副校長隂山英男氏が、著書『徹底反復計算プリント』の中で、「私の学級では難しいとされる分数の計算を遅い子でも1問30秒、速い子なら10秒で全員が解きます」と述べています。言い換えると、分数の計算速度では、速い生徒は遅い生徒の3倍であることになります。当塾が使った知能検査は、視覚的な図形問題、国語の短文問題、熟語や言葉の問題、簡単な算数の文章題などの広範囲な問題で構成されています。一方、隂山英男氏は分数計算だけの問題です。それにもかかわらず、共に解答速度3倍という結果です。当塾の単純問題解答速度の測定結果は信頼できそうです。

英単語記憶速度の調査
国立教育研究所の学力到達テストをまねて、学年の枠を外して記憶速度を比較するために、次のような共通の記憶速度テストを小4から中3までの塾生に、学年末の2月に実施しました。 図表1-5に示した20個の英語の言葉は、当時、生徒が聞いたことがない言葉として、英語辞典から探し出したものです。まず、この20個の英語と日本語の意味を5分で覚えさせ、そして30秒後に、英語から日本語の意味を答えさせるテストをします。テスト時間は2分、ただし、図表1-5とは配列を変えています。採点方法は、前述の単純問題解答速度検査と同様に、誤答の生徒が不利になる「まぐれ正解除去処理」をします。

英単語記憶速度の測定結果
このような記憶速度テストから図表1-6が得られました。個別指導塾という学力的に下位に偏った生徒構成の当塾から得られた図表1-6から、学校での英単語記憶速度分布を推測するのは不可能です。
しかし、あえて言えば各学年の平均値として、「評価5生は、評価1生の少なくとも約10倍の英単語記憶速度である」……学力差の特性(3)となります。
単純問題解答速度の測定結果(図表1-4)と大きく異なるのは、得点が1点未満の生徒が多数いること、そして、0点から満点近くまで広範囲に分布していることの二点です。
このような記憶速度の大きな差は、授業中での英単語の記憶テストや漢字の書き取りテストの状況とよく似ています。10個の英単語記憶テストに、問題の英単語を見ただけで覚えられる生徒、20分経っても「まだ覚えてない」という生徒などさまざまです。逆に、記憶速度に大きな差がないと、「学力差の特性(1):学年が進むにつれて学力差が広がり、小6生には学年末の時点で、6年間の学力差がある」での「6年間の学力差」を説明できないのかもしれません。なお、英単語記憶速度の速い生徒は、学力診断テストも良い傾向にあります。

念のために、記憶速度について、別の資料を調べることにしましょう。
医学博士で記憶法研究者の栗田昌裕著『栗田式記憶法入門』の中に、「顔と名前を一緒に覚える記憶力は1分間でどの程度か」という記憶力テストを、社会人45人に行なった結果を載せています。8点満点で、0点1人、0.5~1点3人、1.5~2点7人、2.5~3点7人、3.5~4点4人、4.5~5点9人、5.5~6点8人、6.5~7点2人、7.5~8点4人です。当塾生におこなった英単語記憶速度の測定結果(図表1-6)と「0点から満点近くまで広範囲に分布している」ところが似ています。当塾の測定結果は信頼できそうです。

速度テストと学力テストの関係
学力(力量テスト)と記憶速度・思考速度(速度テスト)の関係について、高田洋一郎訳、タイラー著『テストと測定』には、次のように述べられています。

もう一つ,場合によって相当重要な分類は速度テストと力量テストの区別である。速度テストでは,与えられた時問内に受験者が解答し得た問題数で得点がきまる.一方,力量テストでは,受験者が解答できた問題の困難度が成績を決定する.研究の結果,多くのテストは速度と力量の要因をともに持ち,また多くの人,多分大ていの人はこの二つにほぼ同程度の成績をとることが明らかになっている.

すなわち、「誰でも解けるような簡単な計算問題を一定時間に何題解くことができるか」、あるいは、「一定時間に何個の単語を覚えることができるか」という「速度テスト」結果と、難しい問題が解けないと高得点になれない中間・期末テスト・入試・学力診断テストなどの「力量テスト」の結果には一致する傾向がある、との指摘です。
実際に単純問題解答速度と英単語記憶速度を検査してみると学力診断テストとはほぼ一致することが分かります。例外的に記憶速度が遅くてもいつまでも記憶を把持できる生徒がいそうなものですが、これまでお目にかかったことがありません。このことから、学力診断テストをすればわざわざ単純問題解答速度と英単語記憶速度の検査をする必要もないことになります。
しかしながら、単純問題解答速度と英単語記憶速度が良いにもかかわらず、学力診断テストが悪い生徒は勉強をまじめにやっていないとわかります。学習環境に問題がなければ「努力が足らない」と叱ることが出来ます。逆に、単純問題解答速度と英単語記憶速度が悪いにもかかわらず、学力診断テストが良い生徒は勉強を頑張っていると分かります。頑張っている生徒に「努力が足らない」「もっと頑張れ」と叱ることは、かえって追い詰める結果になります。単純問題解答速度と英単語記憶速度の検査をすることにより、このような微妙な対応が可能となるのです。

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●第1章3 成績を大幅に伸ばすのは難しい
成績を大幅に伸ばすのは難しい理由には2つあります。上位生ほど単純問題解答速度と英単語記憶速度が速いから、そして、単純問題解答速度と英単語記憶速度が生得的な能力なので容易に向上できないからです。


上位生ほど単純問題解答速度と英単語記憶速度が速い
まず、単純問題解答速度を使って説明しましょう。
図表1-7から、100人中90位生は単純問題解答速度1レベルなので1時間に基本問題集を1ページ進むとすれば、50位生は単純問題解答速度2レベルなので1時間に同じ基本問題集を2ページ進むことになります。要するに、90位生は、50位生の2倍の勉強時間机に向かわなくては追いつかないことになります。

次に、英単語記憶速度を使って説明します。
図表1-7から、90位生は英単語記憶速度1レベルなので1時間に単語帳を1ページ進むとすれば、50位生は英単語記憶速度5.5レベルなので1時間に同じ単語帳を5.5ページ進むことなります。要するに、90位生は、50位生の5.5倍の勉強時間、机に向かわなくては追いつかないことになります。
このように、成績の良い生徒ほど単純問題解答速度と英単語記憶速度が余りにも速いために、成績の劣る生徒が追いつけないのです。成績を大幅に上げることが難しいのです。単純問題解答速度や英単語記憶速度の差が、1.1倍とか1.2倍であれば何とかなるのでしょうが……。

それでは、単純問題解答速度と英単語記憶速度は伸ばせるのでしょうか。

単純問題解答速度は容易に向上できない
山崎史郎編著『教育心理学』の中で、「知能は生得的な知的能力を意味している」と述べられています。言い換えると、前述の『新訂 教研式 学年別知能検査』に出題されている数的推理・模様合わせ・乱文などの問題を解く速さ(単純問題解答速度)は、生得的な能力であるために、容易に向上できないということになります。事実、計算速度の向上に特化した「そろばん塾」に何年も通ってやっと計算力がつくことからも想像できます。
そこで、「学力差の特性(2):評価5生は、評価1生の少なくとも約3倍の単純問題解答速度である。単純問題解答速度は生得的である。」と加筆修正します。

英単語記憶速度は容易に向上できない
心理学者の宮本美沙子・加藤千佐子著『やる気を育てる』の中で、歴史を教える時に、講義の途中で何回か短いテストをするという方式について、「テスト方式は記憶力の低い学生には有利であった。これは、テスト方式では何回かに分けてテストを受けるため、一度に記憶しなければならない量が少なくてすみ、それが記憶力の低い学生には有利に働くと考えられる。……記憶力そのものはそう易々と改善することはできないと考え、記憶能力の低さが学習に妨害的に働かないような補償作用が生じたのだと解釈できよう。」と、記憶力が容易に向上できないことに理解を示しています。
また、前述の『栗田式記憶法入門』の中で、「第一には、記憶力が全般的に優れている人と、全般的に悪い人がある、という事実がある。……この両者の違いは、コンピュータで言えば、ハードウエアの違いであると言える。このようなハードウエアの違いをすぐに克服するのは難しい。というのは、ある程度は先天的な要素もあるからである。」 と、記憶力がある程度は先天的であると述べています。
最後に、医学博士で記憶法研究者の米山公啓著『無理せず覚える記憶術』の中でも、「単純に記憶していくということには、どうも遺伝的な要素が大きく影響しているようです。一度聞くと覚えてしまう人と、何度も聞かないと覚えない人がいるのは確かです。」 と述べています。

(医学出身者の思考傾向として、個人差を本人の努力によるだけでなく、遺伝的な要素にも求めようとする点で、一般の人よりは広い視野で判断していると思うので、医学出身者の意見を優先的に引用しています。)

このように、心理学者や記憶法の専門家が異口同音に、「記憶力は生得的である」と述べています。したがって、英単語記憶速度は容易に向上できないことになります。そこで、「学力差の特性(3):評価5生は、評価1生の少なくとも約10倍の英単語記憶速度である。英単語記憶速度は生得的である。」と加筆修正します。
筆者の経験で言えば、漢字や英単語が覚えられない生徒は、学年が進んでもやはり覚えられません。このことからも「記憶力は生得的である」ことを裏づけています。ただし、漢字や英単語が覚えられない生徒のなかに、まれに(生徒の1割もない)地理や歴史が得意な生徒がいます。

次に、「成績を大幅に伸ばすのは難しい」とは言ってないが、結果的にそう言っている状況証拠を挙げます。「遅滞がある児童の追跡調査」、「東京都による教育実験」、「塾経営『勝利の方程式』」、そして「模擬試験業者による合格判定」の4つです。

遅滞がある児童の追跡調査
前述の『小学生の国語・算数の学力』では、「学習に遅滞がある児童のその後の学習」状況を知るために、追跡調査をして以下のような報告をしています。なお、本報告中の評価とは、5段階評価のことを表します。(注:「学力調査で大きな学力差があることが分かった。ついでに、下位の生徒でも、その後上位へ伸びる生徒がいるかを調べるべきだ」という理由で追跡調査がされた)
  
(1)小学2学年で1年の遅滞が認められた児童は、国語、算数ともに、学習遅滞の状況は改善されず、6年までその状態が継続される。国語については、学習遅滞の状況は、むしろ一層悪くなるという傾向が認められる。

(2)小学校第4学年で、1学年もしくはそれ以上の学習遅滞が認められた児童については、6学年までに改善される場合が、若干(10~15%程度)認められるが、そのほとんど(85~90%)は、6学年が終わるまで、学習の遅滞の状況が継続する(評価は1あるいは2)。

(3) 小学校第6学年で、2年以上の学習遅滞が認められた児童については、中学校に進学して学習が改善される場合が、若干(10%程度)認められるが、そのほとんど(90%程度)は、中学の全期間を通して学習遅滞の状況(評価は1ないし2)が継続する。

(4)小学校第6学年で1学年の学習遅滞が認められた児童については、中学校で評価4を受けるようになる場合が、ごくわずか(5%程度)認められるが、その多く(国語では約65%、算数では75%)は、中学校期間も、 (評価は1もしくは2)の状況が継続して続く。(筆者注:「算数」は中学では「数学」となります)
 
要するに、算・国の学習が3月時点で1年間遅れている小2・4・6生は、その後も約7割以上の高い割合で学習遅滞の状況が継続して続くとの報告です。従って、「学力差の特性(1):学年が進むにつれて学力差が広がり、小6生には学年末の時点で、6年間の学力差がある。」という特性の内情は、上位・中位・下位に属する生徒をほとんど入れ換えることなく、時間とともに学力差を拡大していることになります。

1年間遅れ、あるいは2年間以上遅れの生徒の保護者にしても、わが子の学習遅滞を放置していたわけではなく、塾に行かせるとか、家庭教師を雇うとか、自分で教えるとか、対策を講じたはずです。というのは、この調査の実施された1982年頃には、中学生の平均通塾率が1976年38.0%、1985年44.5%、1993年59.5%(「児童・生徒の学校外学習活動に関する実態調査」文部省)あります。しかも、この「学力到達テスト」の実施された進学熱の高い東京周辺の公立小学校生は、全国平均のこれらの数値よりもさらに高い割合で学習塾に通っていると推測できます。
にもかかわらず、その後も約7割以上の高い割合で学習遅滞の状況が継続して続くという事実です。
「つまずいた所から教えればどの生徒も伸びる」「伸びないのは勉強の仕方を知らないから」「当塾で勉強の仕方を習うとすぐに伸びる」「超すごい先生が指導」などと塾のチラシや市販本の宣伝文句にありますが、1年間遅れ、あるいは2年間以上遅れの生徒の成績向上はそれほど甘くはないということがわかります。例えば、1年間遅れの小6生がみんなに追いつくためには、小6の1年間に小5と小6の2年分の勉強をしなくてはいけないのです。
以前、公立中学の3年生に、難関私立高校を受験させるために、中3の1年間に中3から高1の1学期までの英語・数学を指導したことがありました。余りにも速い授業と難しさに音を上げていました。このことから判断して、1年間に2年分の勉強をするというのは、上位生にとってもたいへんな負担なのです。まして下位生にとっては…。

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東京都による教育実験
図表1-8に示したように、1964年当時、日比谷・西・戸山・新宿などの都立高が東大合格者の上位を占めていました。そこで、1967年、受験戦争の緩和を目的として、これらの都立進学校に優秀な生徒が集中しないようにと、東京都は「学校群制度」を実施しました。しかし、この年を境に、優秀な生徒が都立高を避けて中高一貫の私立高へ移ったため、都立高の東大合格者の減少が始まります(1971年)。代わって、灘・開成・麻生など中高一貫の私立高が伸びてきます(1999年)。

東京都は、「受験戦争の緩和」という当初の目的には失敗しました。しかし、副産物としての「合格実績は、生徒の素質か、先生の指導力か」という教育実験から、次の貴重な結論が導かれます。

「……現在、私立が大学受験で成果を上げられるようになったのは、もともと優秀な子どもがたくさん入学してくれたからで、私立自体の努力だけでは、そうはいきません。よい素材をかつては公立校が独占していたのを、今は私立がとってかわっただけのことです。……」(私立桐蔭学園校長 鵜川昇、当時)(NHK教育プロジェクト、秦政春著『公立中学はこれでよいのか』)。

「難関大合格実績の7割は生徒のレベルで決まると言われます。かつて東大合格者ランキング1位の常連だった日比谷も、教員は一緒なのに学校群選抜で生徒のレベルが均質化された途端に合格実績が落ちました」(『サンデー毎日』2009年4月19日号)。

結局、東大合格実績は生徒の素質に多くを依存しているということになります。

補足:私の妄想かもしれませんが…東大合格者数上位高の教師が「わしの高い指導力のおかげだ」と言って、悪戦苦闘しながら指導している下位高の教師をバカにすることに、腹を立てた東京都教育委員会が、「受験戦争の緩和」という表向きの理由を挙げて、「学校群制度」実施を仕組んで、バカにした上位高教師に、ひと泡吹かせたのではないか。

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1,1980年代、大手塾が三田市に参入する以前、I塾、S塾という地元の進学塾がありました。当塾が、南ヶ丘の市立図書館近くの上ノ谷ビルで開業していた時のこと。夕方の幹線道路を走る、立ち席ができるほどの満席のI塾さんの送迎バスを見て、うらやましく思ったものです。
その後、ニュータウンの発展に伴い、大手塾が参入して、これら地元の進学塾の合格実績はたちまち減少し、評判が落ちて、廃業されました。合格実績上げるためには優秀な生徒を確保することの重要性を物語ります。それには組織力・資本力・宣伝力が要ります。
独立する前に大手塾に勤めていました。「大手塾と絶対に同じ土俵(一斉方式の進学塾)で戦ってはいけない」。「個別指導なら、大手塾と戦える」と肝に銘じて三田で独立しました。

2,浜学園の内紛
1992年、浜学園の当時の学園長前田卓郎を含む講師陣が独立し希学園を設立した。これに対し浜学園は生徒名簿持ち出し・教材の盗用の2点を中心に司法の場で前田卓郎氏らを訴えた。この事件はマスコミをも巻き込み、当時大きなニュースとなった。…ネットからの引用。
NHKでも特集が組まれた事件です。浜学園の偉いさんが「灘中志望の生徒が多数、希学園移ったのが痛い。月謝よりも、このレベルの生徒を入塾させるためにかかった莫大な広告費の方が痛い」。このような発言に、なるほどと思ったものです。
三田市でも、これでもか、というほど連日チラシを入れる塾があります。「よくヤルは…」と思うと同時に、「塾経営を熟知しているナァ」と感心もします。
補足:終わり

塾経営「勝利の方程式」
どの子も伸ばせるのなら、1箇所の塾で近所の子を集めて伸ばして合格実績を上げ、生徒・保護者に良い塾というイメージを植えつけて、集客するという方法が一番楽に利益を上げられます。
しかし、前述のように素質のある生徒しか楽に伸ばせません。そこで、「人口に比例して素質のある生徒は存在する」と予想できますから、鉄道やバスのターミナルが集中する交通の要地や人口密集地に多教室展開をすることになります。
さらに、「合格実績を上げ、良い塾と思われることにより、素質のある生徒を多数集め、更なる合格実績を上げ、……」という増収増益の経営スパイラルを実現するには次の経営戦略「塾経営『勝利の方程式』」が必要になります。

⑴ 後発の進学塾になると素質のある生徒集めに苦労するので、他塾より早く教室展開をして素質のある生徒を集め、まず地元での合格実績を作る。
⑵ 素質のある生徒を他塾に渡さないためと、自塾の合格実績数のアップのために、早期に地元外へも多教室展開する。

地域限定進学塾から広域進学塾への展開。いわゆる陣取り合戦のためには、財政力と組織力が必要となり、結局、これを満たせる大手進学塾が生き残ることになります。現在、大手の進学塾・予備校もこの「勝利の方程式」に従って経営しています。その背景には、「素質のない生徒の成績を大幅に伸ばすのは難しい」という暗黙の共通認識があるからです。

模擬試験業者による合格判定
まず、中1の8月末の時点での、2年半後の公立高校入試の合否予想です。
S社は兵庫県下で30年近く小中生対象の模擬試験「兵庫模試」を実施しています。中1の8月末に兵庫模試を受験させれば、その成績が2年半後まで維持されるとの前提で、高校入試の合格判定を早々と知らせて来ます。その背景には、太郎君が頑張っても、花子さんも頑張るので、中1の8月末以降の成績はそんなには変わらないという統計があるのでしょう。また、「中3になってから頑張る」と言う中1生は、結局一度も頑張らないまま入試に突入してしまうからでしょう。

次は、公立高校入試の時点での、3年後の大学入試の合否予想です。
神戸第三学区には、毎年東大合格者を輩出する長田高校を筆頭に、須磨東・舞子などの公立高校が11校あります。S社発行の『兵庫模試受験生進学データ集』を調べると、中3受験生がこれらの11校へ、狭い成績幅に輪切りにされて進学するのがわかります。一方、進学後の各高校の大学合格者数は、毎年4月発行の週刊誌に掲載される「高校の大学合格者数」で調べられます。
そこで、『兵庫模試受験生進学データ集』と週刊誌掲載の「高校の大学合格者数」を照合すると、特定の大学に合格する生徒が中3の時にどれくらいの成績だったか、を調べることができます。例えば、平成20年春の大学入試で、京大・阪大・神大・大阪市大・大阪府大へ合格した生徒の3年前の中3での兵庫模試100人中順位は最低でも5位以内、関学・関西・同志社・立命大へは最低でも20位以内と割り出すことができます。逆に、公立高校入試の時点での成績から3年後の大学入試結果が予測できることになります。

結局、中1の8月末に兵庫模試を受験させれば、5年半後の大学入試結果が予測できます。中1の夏で大勢が決まります。

評論家で元学習塾経営者の小浜逸郎氏は、著書『頭はよくならない』の中で、同様のことを述べています。

私がここで言いたかったことは、塾で永年指導してきた経験からすると、ある子どもがどれくらい頭がいいか悪いかは、ごく簡単なはじめの入塾テスト、入塾一日目の三十分ほどの個別指導などによって、たちどころに判断できるという事実です。そしてこの判断は、その後の指導経験によっても、ほとんど覆ることがないということです。
頭がよくなりたいという思いは、多くの人々の切なる願いですが、実際には小学校高学年から中学二年ぐらいまでで、大勢は決まっているというのが、偽らざるところです。残念ながら、人々が願っているほど頭は「よくならない」のです。

以上、4つの証拠を挙げて、「成績を大幅に伸ばすのは難しい」ことを説明しました。

「成績を大幅に伸ばすのは難しい」となぜ言わないのか 
このように「成績を大幅に伸ばすのは難しい」のは、教育業界では公然の事実にもかかわらず、先生方はなぜ言わないのか、書かないのか。それには、次の4つの理由が挙げられます。
1つ目は、営業上の理由です。「伸びない」と言う本は売れないから、「伸ばしにくい」と言う塾や先生のところには生徒が来ないからです。
2つ目は、先生の錯覚です。「やればできる」という内容の本を書く著者は、「やればできるような高いレベルの生徒」しか接触していない一流の大学や進学校の先生であることが多いからです。やってもなかなかできないような生徒を指導したことがないことによる錯覚です。また、たまたま伸びた生徒がいて、それによって、この方法で全ての生徒が伸びると錯覚してしまうからです。例えば、前述の『小学生の国語・算数の学力』にあるように、「小学校6学年で1学年の学習遅滞が認められた児童については、中学校で評価4を受けるようになる場合が、ごくわずか(5%程度)認められるが、……」とあります。たまたまこの良く伸びた「ごくわずか(5%程度)」に該当する生徒を指導して、残り95%の生徒も同様に伸びるはずだと錯覚してしまうことです。
なお、たまたまこの良く伸びた「ごくわずか(5%程度)」に該当する生徒については次のように説明できます。
学力は「図表1-1 5段階評価と生徒の割合」のような左右対称の富士山型の分布を示すことを述べました。同様に、やる気のある生徒の割合もまた富士山型の分布を示すと考えられます。成績が下位でもやる気が評価5のレベルもあり、親が「体をこわすからもう寝なさい」というほど頑張る生徒がいるのです。
例えば、小6の春に評価1で入塾後、2年半後の地元中学2年の2学期中間テストで、学年2位になった生徒がそうです。野球少年でしたが、宿題は必ずしてきました。
もう一人は、地元の私立三田学園中学に不合格後、「もう1度三田学園を受験したい」と入塾して来た、筆者の近所の生徒です。毎回「こんなにも!」というほど宿題を出しました。1年半後の地元中学2年の1学期期末テストで、学年1位になりました。そして当塾を退塾した後、私立三田学園高校へ進学し、東大に現役合格しました。「東大合格」と書いた紙を自室の壁に貼って頑張ったそうです。
3つ目は、生徒をほめて伸ばそうという先生の職業病です。少ない割合だが伸びる生徒がいるのも事実。そのうち伸びるかもしれない生徒に「やっても無駄だ」とは言えません。「やればできる」と生徒を励ます一方で、別の場所で「実は、やってもできないのです」とは言えないのです。それに、教育心理学には「ピグマリオン効果」といって、先生の「この子は伸びる」という期待によって学習者の成績が向上する現象があります。「どんな生徒でも伸びる」と思って教えないと伸ばせないし、指導意欲も湧きません。この子に合うプリントを作ってやろうという気にもなれないし、生徒もついてきません。
4つ目は、生徒が勉強をしたくない口実に使う恐れがあるからです。「勉強しろ」といったとき、「やっても伸びないからやりたくない」「やっても生まれつき頭が悪いから無駄だ」といって、努力をしない恐れがあるからです。知能検査結果を生徒本人には見せないことになっているのと同じ理由です。

以上のような理由で、「成績を大幅に伸ばすのは難しい」と、先生方は決して言いません。

学力不振症候群
学力不振生(評価1・評価2生)が多く受講する個別指導塾には、当然ながら学力不振についての情報が豊富に蓄積されます。そこで、学力不振生の症状にはどのようなものがあるのか、中学の数学を例として箇条書きにすると次のようになります。
① 問題の写し間違い
例えば、問題「2点の座標(2,3)(4,5)を通る直線の式を求め」とあるのを、(2,4)(3,5)と写し間違いをしてしまう。中には、10問中2問も写し間違いをしてしまう生徒がいます。
生徒のノートを何回調べても、途中の式には間違いがないのです。しかし、なぜか答えが違うのです。ふと問題を見ると、ノートに書き出されている問題と違うのです。ノートを調べても間違いが見つからないはずです。たびたびあるので、「問題の写し間違いを調べてから、生徒のノートを調べるように」と新人助手には研修の際に注意します。
② 答え合わせの間違い
答え合わせの際、間違いをやたらに正解にしてしまう。例えば、chairをchearと間違って書いていても、平気で丸をつけます。時には、間違い直しをさせた綴りさえも間違っています。「同じ間違いを何度もする生徒は伸びない」と注意するのですが、直らないのです。向上心がないのでしょうか、間違っていても平気なのでしょうか。
③ 無謀な暗算
暗算力がないのに暗算をして計算ミスをします。自分の暗算力では手に負えないから、丁寧に途中の式を書こうという判断力がないのです。こういう生徒が大人になって、急カーブを曲がりきれずに民家に突っ込むのかなと想像します。
④ 似通った計算方法の混乱(学習の干渉)、または公式の勝手な創作



上記 ①のように同じ方程式の単元で解き方が混乱するのは「縦揺れに弱い」と呼んでいます。また、③ のように、式の計算と方程式の解き方が混乱するように、複数の単元の知識が混乱するのを「横揺れに弱い」と、筆者は呼んでいます。
学力不振生は特に横揺れに弱いのです。学年が進みいろいろな解き方を学ぶとますます混乱し、入試のように複数の学年から出題されると、何回復習しても得点できなくなります。多くの時間をかけて横揺れに強くするのですが、反復練習を怠ると元の木阿弥です。忘れるのも速いのです。
⑤ 突然変異
同じパターンの計算練習のとき、突然、異常な計算に変わります。例えば、分数の割り算ばかりの問題演習をしているとき、突然、分数の掛け算として計算してしまう。集中力の欠如でしょうか。
⑥ 基礎計算のミス
「正負の数」の足し算・引き算の計算ミスや分数の約分もれ。例えば、四則計算のように一度にあれこれ考えるような問題で多発します。その生徒の思考容量・注意力容量オーバーが原因でしょうか。
⑦ 自分の書いた読みにくい字で間違える
 9と7、6と0など判別しがたい字を書いて自分自身が読み間違いする自業自得型のミス。相手が読み易いように分かりやすく書こうとする他者への配慮の欠如、あるいは間違いを少しでも減らそうとする意思の欠如でしょうか。
⑧ 我流を通そうとする
間違えない工夫を凝らした計算方法を指導しても受け付けず、我流で解いて間違いを連発します。「中間テストではみんなの間違えそうな問題が出されるので、間違えない工夫をしないと間違えるよ」と諭すのですが、受け付けません。
⑨ 間違いが修正されても、しばらくして元にもどる
上記①~⑧のような間違い箇所を見つけ、正しい方法を説明し、問題演習をさせて定着させます。直後の確認テストでも合格です。しかし、「これで1件落着」というわけにはいかないのです。というのは、一度身についたものは容易には修正できず、しばらくして元にもどるからです。そして、何度も同じ間違いを繰り返します。実はこれが伸びる伸びないを決定づけます。伸びる生徒は同じ間違いをしないが、成績不振生は同じ間違いを繰り返します。
⑩ 学びからの逃走現象
学習意欲の見られない生徒がいます。無感動・無関心。遅刻する。すぐに学習状態に入らないで、先生にせかされ注意されて、やっとカバンから教材を出す。

ただでさえ単純問題解答速度と英単語記憶速度が遅いうえに、このような学力不振症候群を発症すると授業が前に進まなくなります。授業が進まない分、補おうと宿題を出すのですが、宿題の答え合わせをさせると半分ほどしか合っていないのです。これでは間違ったやり方を覚えるのではないか、と心配します。宿題の効果が期待できないのです。このように指導時間や宿題量の割には学習効果が少なくなり、「成績を小幅に伸ばす」ことすら難しくなります。

前述の「算・国の学習が3月時点で1年間遅れている小2・小4・小6の生徒は、その後も約7割以上の高い割合で学習遅滞の状況が継続して続く」との報告(『小学生の国語・算数の学力』)の背景に、このような学力不振症候群があるのでしょう。
これまで私たち日本人は、学力差は努力の差や学習方法・指導方法の差が原因、長年にわたって学校・文部科学省に思い込まされてきました。しかし、生徒中には、生来的に勉強に向かない生徒や学習能力の弱い生徒がいるのも事実です。このような生徒が、回遊魚のように次から次へと転塾を繰り返します。どの塾に通っても、成績の向上はとても期待できず、パラシュートのように降下速度
を緩和するのが精一杯です。こんなことでは生徒も保護者も承知しないでしょう……。

なお、①問題の写し間違い ②答え合わせの間違い ⑦自分の書いた読みにくい字で間違える……などの学習能力は前述の『新訂 教研式 学年別知能検査』項目の「模様合わせ:数種の模様から同じ模様を選ぶ」「異同弁別:5つの図形から同じものを選ぶ」で判定可能です。また、④似通った計算方法の混乱(学習の干渉)、または公式の勝手な創作 ⑨間違いが修正されても、しばらくして元にもどる……などの学習能力は前述の「記憶速度テスト」で判定可能です。

小学生よりも中学生が伸ばしにくい
「成績を大幅に伸ばすのは難しい」との主張に、小学生を指導の先生から反論が来そうです。そこで小学生と中学生の伸ばしにくさの違いについて説明します。
小学生より中学生が伸ばしにくい理由には、2つあります。
1つ目は、小学校よりも中学校で習う記憶事項が圧倒的に多いからです。
特に中学で本格的に習い始める英語のために、生徒の記憶学習時間の大半を消費してしまうからです。例えば「book=本」を覚えるとき、ローマ字のように発音とつづりが一致しません。このために、中学で習うおよそ700単語の発音とつづりと日本語の意味を何度も反復して記憶しなくてはいけません。しかも長文読解やリスニングのテストでは即答能力が必要です。この即答能力もまた反復記憶でしか身に付きません。
そして、「学力差の特性(3):評価5生は評価1生の少なくとも約10倍の英単語記憶速度である」とあるように、記憶力の弱い生徒にとっては「記憶の缶詰」のような英語の負担はさらに大きくなります。中学進学後、一般動詞を習う2学期で早々と英語をあきらめてしまいます。
2つ目は、中学で始まる部活のために、補習に当てられる時間が少なくなるためです。
このような理由で、小学生の時には何とか授業について行けた生徒が、中学に入ると次第に遅れてきます。

以上、この節のまとめとして、成績を大幅に伸ばすのは難しい……学力差の特性(4) 

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●第1章4 授業の進行が比例的に学力差を広げる
「学力の得点分布の変化」の分析
前述の『小学生の国語・算数の学力』の中で、学力差が生じる要因として、「知能偏差値(生来的な知的能力)や男女の性別の要因の他に、入学時の年齢(いわゆる早生れ、遅生まれ)が大きい」と報告しています。
しかし、「授業を進めること」も学力差の生じる要因ではないでしょうか。図表1-1と図表1-2から「学力の得点分布の変化」を見ると、学年が進むにつれて学力差が広がっています。もし、小2以降に全然教えなければ、小6での学力差は小1での学力差のままになるはずです。小1以降、5年間教えたために小6のような大きな学力差が生じたことになります。
さらに、別の観点から「授業を進めること」が、学力差を発生させる要因の一つであることを示すことができます。
通常、学校では速く問題ができた生徒には、「できた人は、校庭に出て遊んでいい」と、指導責任を放棄しています。こうして勉強のできる生徒を足踏みさせたから、図表1-2、図表1-4の小6グラフのように、上位生の得点がくずれ落ちてしまったといえます。上位生に合わせた授業をすれば、高得点側へも学力差が生じたはずです。
また、先生が下位生の理解速度以上の速さで次から次へ教えると、下位生はつまずいたところにもどって学習する時間的余裕がなくなり、その結果、つまずき箇所が積み重なってますますわからなくなり、低得点側へさらに学力差が広がります。
なお、広がり方は「比例的」です。授業の進行が速くなればなるほど、学年が進めば進むほど、学力差もますます広がるからです。また、現場の先生方から学校での授業を理解している生徒の割合は、「七五三」すなわち、小学生の7割、中学生の5割、高校生の3割であるとして、3年ごとに2割減少しているからも「比例的」です。

以上、この節のまとめとして、授業の進行が学力差を比例的に広げる……学力差の特性(5)

私立中学入試時から高校卒業時までの6年間で広がる学力差
「授業の進行が学力差を比例的に広げる」事例を挙げます。
私立灘校の中学入試時の学力差が6年後の高校卒業時にどれくらい広がったかを調べてみましょう。
私立灘中生の中学入試時の学力レベル幅は、最近の模擬試験データから、ほぼ公立小6生全体1000人中1位~3位の範囲です。そして6年後の、例えば平成20年度の大学入試合格結果は次のようです。東大114名、京大23名、阪大23名、……同志社11名、立命館17名、……近畿大学7名、神戸学院大学2名(ただし、高校からの募集生約40名、大学浪人生を含む)。このように、大学受験生全体1000人中1位~300位の大学レベルまで大きな学力差が生じています。
その理由は、合格実績が学校経営を左右する進学校として、6年間、難関大学を目指して猛烈に指導した結果、中学入学時点では学力差がほとんどなくても、急激に広がってしまったからだと考えられます。同様の現象は、進学塾のトップクラスでも生じます。

集団指導の自己矛盾
「授業の進行が学力差を比例的に広げる」ことを発見したとき、「本当にそうなのか」と何度もデータを見直しました。塾の先生として教えた側での、一斉指導・習熟度別指導の経験に照合しました。逆に、生徒として授業を受けた側での、小・中学校での一斉指導、そして高校での習熟度別指導の受講経験にも照らしました。それでも「間違いはない」と確信しました。

「授業の進行が学力差を比例的に広げる」とは次のような重要な意味があります。教鞭をとる以上、「生徒を伸ばそう」という意気込みで授業に臨みます。実はそのことが生徒間に学力差を広げてしまい、下位生は置いてきぼりにし上位生は遊ばせることになり、結局授業が成り立たなくなることを意味するからです。「集団指導をすることが、かえって指導をより困難にしてしまうことにつながる」という「集団指導の自己矛盾現象」です。
この「集団指導の自己矛盾現象」から免れるには、どう考えても一斉指導・習熟度別指導などの集団指導を廃止して、個別指導をするしかありません。

第1章のまとめ
学力差の特性(1):学年が進むにつれて学力差が広がり、小6生には学年末の時点で、6年間の学力差がある。
学力差の特性(2):評価5生は、評価1生の少なくとも約3倍の単純問題解答速度である。単純問題解答速度は生得的である。
学力差の特性(3):評価5生は、評価1生の少なくとも約10倍の英単語記憶速度である。英単語記憶速度は生得的である。

学力差の特性(4):成績を大幅に伸ばすのは難しい。
学力差の特性(5):授業の進行が学力差を比例的に広げる。

上記の特性の関係は次のようになります。

現象1 学力差の特性(1):学年が進むにつれて学力差が広がり、小6生には学年末の時点で、6年間の学力差がある。
現象2 学力差の特性(4):成績を大幅に伸ばすのは難しい。

生徒の側の要因 
学力差の特性(2):評価5生は、評価1生の少なくとも約3倍の単純問題解答速度である。単純問題解答速度は生得的である。
学力差の特性(3):評価5生は、評価1生の少なくとも約10倍の英単語記憶速度である。英単語記憶速度は生得的である。

教える側の要因  学力差の特性(5):授業の進行が学力差を比例的に広げる。
「現象1」は、二つの「生徒の側の要因」と「教える側の要因」で生じます。
「現象2」は、二つの「生徒の側の要因」で生じます。

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■第2章 集団指導の問題点
第1章で導いた5つの学力差の特性を基にして、集団指導(一斉指導と習熟度別指導)の問題点について述べます。

●第2章1 一斉指導の問題点 
本書では、「一斉指導」とは、「習熟度別にクラス分けをしていない様々な学力を持った生徒から成るクラスの指導」を意味します。
30人学級の授業風景
今、30名の生徒から成る小6クラスの一斉授業を考えることにしましょう。この小6クラスの生徒は図表2-1のように、評価1生が2名、評価2生が7名、評価3生が12名、評価4生が7名、評価5生が2名、合計30名という標準的な学力分布をしたクラスとします。
今このクラスに、算数の60分間の分数計算のテストをすることにします。算数の分数計算速度では、「学力差の特性(2):評価5生は、評価1生の少なくとも約3倍の単純問題解答速度である」ことから、評価1生がテストを60分かけてやっと解き終わった頃には、評価5生は20分で解き終わった後40分間も遊んでいます。評価3生は40分で解き終わった後20分間遊んでいることになります。
遊び飽きて「まだできないのか」などと言って遅い生徒を傷つけたり、騒いだりします。そこで、先生は速くテストを終えた生徒に、「出来た人は校庭で遊んでよろしい」とか、「図書館で本を読んでよろしい」とか言います。あるいは、準備したプリントをさせることになります。
次に、このクラスに算数の新しい単元を指導することにします。「学力差の特性(1):学年が進むにつれて学力差が広がり、小6生には学年末の時点で、6学年分の学力差がある」ことから、先生は評価1・2生にも分からせようとすると、新しい単元の理解に必要な既習事項を小4学年にさかのぼって復習しながら説明しておかなくてはいけません。理解力も弱いのでこの説明にも時間がかかります。この間、評価3・4・5生はヒマそうにしています。紙飛行機を飛ばしたり、消しゴムを投げたりしています。
その次に、このクラスに漢字の記憶学習をさせることにします。漢字の記憶学習は英単語の記憶学習と似通っていますから、「学力差の特性(3):評価5生は評価1生の少なくとも約10倍の英単語記憶速度である」という実験データが参考になります。評価5生が10分で覚えた漢字を、評価1生は100分かけて覚えることになります。授業時間をオーバーしますから、「宿題で覚えてくるように」ということになります。それでも覚えきれない生徒がいたり、「こんなにたくさんは覚えれない」とあきらめる生徒が出てきます。
このように計算速度差や記憶速度差が顕在化する教科や単元では、クラスの中に遊んでいる生徒、勉強している生徒、分からないまま放置されている生徒、そして、あきらめている生徒が同居することになります。しかも、「学力差の特性(1):学年が進むにつれて学力差が広がり……」ますから、中学に進むと状況はますますひどくなります。

真ん中レベルに授業の照準を合わせる
上智大学名誉教授加藤幸次著『少人数指導 習熟度別指導』によれば、次のように一斉指導がおこなわれています。 

先に述べたように、伝統的な一斉授業は平等化・平準化を目指す教育にふさわしい指導法で、能力的に中位にある子どもたちを重視し、上位や下位グループに属する子どもたちを放置してきたといって過言ではないでしょう。私自身、昭和三十六年から二年間、地元の中学校の教師をしたときに先輩教師からよくいわれたのは「授業は中位(評定にして3)に属する子どもたちに向かってやれ」ということでした。今でもおそらく同じではないかと思いますが、社会科は毎日教科書を2ページの割合で、英語は1ページの割合で進めていかないと「教科書が終わらない」システムになっているのです。中学校ですから、一時間の授業は五十分間ですが、中位の子どもたちに〝わかる〝ように説明していかないと「教科書が終わらない」わけです。
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筆者の感じでは、小学校では真ん中よりも下位寄りに指導され、一方、中学校では、真ん中レベルに合わせて指導されているようです。
筆者の2人の子どもが地元の小学校に通いました。学校から持ち帰った宿題プリントを見て、下位生に合わせて「ずいぶん丁寧に作ってあるなぁ」と感心したものです。中学のように高校入試がなく、上位生の合格実績を問われることがないからでしょう。図表1-2、図表1-4の小5・6年のグラフからも見て取れます。
一方、中学校では、真ん中レベルに合わせて指導されているようです。高校入試結果が悪いと保護者の突き上げを食らうので、小学校のように下位生にかまっていられないからでしょう。
いずれにしても、小・中学校ともに一斉指導ではほぼ真ん中レベルに照準を合わせて授業を行ないます。

ところで、学校と同様に塾での指導は、同じように「真ん中レベルに照準を合わせた授業」を行ないますが、生徒が退学する心配のない公立学校と、退塾の心配が常にある塾での指導は違います。
筆者は自塾で3年間一斉指導をしました。生徒数が少なくて、習熟度別指導ができなかったからです。この時は、「中くらいの者」の合わせるために、平均点を取る生徒の氏名をあらかじめ覚えておき、授業中はその生徒の表情やノートから理解度を観察しながら授業を進めて行きました。
しかし、実際には「真ん中レベルに合わせる」といっても、授業の始めから最後までずっと真ん中レベルに合わせられません。真ん中ばかりに合わせると、授業が騒がしくなります。そこで、下位生のために前の学年までさかのぼって教えたり、上位生のために難しい問題を解かしたりと、下位生・上位生が少しは満足して帰るようにしたものです。基礎・標準・やや発展の3種類の問題集を使い、授業中は黒板に基礎が出来た生徒は標準を、標準が出来た生徒は発展をさせました。時には、授業と関係のない話をして笑わせたりと、飽きないようにどの生徒にも満遍なくサービスしたものです。そういう意味では、密度の薄い授業になっていたと思います。このためか上位生が退塾していきました。今日ではたいていの大手塾は、入塾テストで選別した後、上・中・下の3クラスに分けた習熟度別指導を行なっています。それを生徒が少ないからといって1クラスにまとめて教えるのは、もともと無理だったのです。

速くできた生徒だけ次単元の指導はできない
例えば、中1の数学では、「正負の数」、「文字式」、「方程式」という単元順に学習します。今、「正負の数」の授業をしているとします。上位生が「正負の数」の問題を全部解き、やることがなくなったとしても、決して次の単元である「文字式」を指導しません。先生に質問が来ないように詳しい解答付のハイレベルの問題プリントを配ったりして、「正負の数」の単元に釘付けにします。
というのは、授業が「文字式」に移ったとき、すでに習った生徒がいると教えにくいし、二度も同じことをさせられると生徒は授業中騒ぎ出すからです。また、「この生徒は文字式まで指導し、あの生徒は方程式まで指導」という個別情報を管理したり、次の授業に生かすことが困難だからです。
 
「少人数」なら指導効果が上がるという誤解
先生の各生徒への声かけの回数、授業の静かさなどの向上で、生徒の授業への集中度が増すので、「多人数」よりも「少人数」集団指導の方が、指導効果が上がります。しかし、「少人数」だからといって、幅広い学力差に対応できるわけではありません。
例えば、小2で習う掛け算九九の場合、記憶力の弱い生徒は多くの時間を費やしても完全には覚え切れません。他の生徒に合わせるため見切り発車せざるを得ない状況になります。「少人数」だからといって、急に下位生の「解答速度」や「記憶速度」が改善されることはありません。究極の少人数指導である個別指導でさえ、指導効果を上げられない生徒がいるのですから。

分かりやすい授業ならどの生徒も伸ばせるという誤解
なんとか下位生を伸ばそうとして、新しい方法で指導したとします。そして、確かに以前の方法よりは下位生が伸びたとします。この方法で同じように上位生も伸びるのでしょうか。下位生に分かりやすい指導法は、一般に上位生にとっては、幼稚すぎたり、すぐに分かることをくどく説明しすぎであることが多いのです。実際に、分かりやすい説明のある教材を使うと、意外にも上位生から「かったるい」という不満を聞きます。せっかく作ったプリントが使い物にならないのです。
このような現象について、学習心理学者の東洋・大山正著、『学習と思考』には、「このように学習者の能力に応じて、もっとも効果的な学習指導法が異なることを能力処遇交互作用とよばれ、広くさまざまな分野でみとめられている」と述べられています。
このように一斉授業では、どの学力の生徒にとっても分かりやすい指導法の開発が難しいのです。そして、これは前述の「少人数」なら指導効果が上がるという主張への反論にもなります。

次に、学習面以外の問題について述べます。
生徒・先生に与える精神的影響
授業が成立しないことによって引き起こされる精神的問題が二つあります。

一つめは、「下位生は置いてきぼりにし、上位生を遊ばせること」が生徒に与える精神的影響です。まず、下位生にどのような精神的な影響を与えるかについてです。前述の『公立中学はこれでよいのか』から引用します。

鈴木さんをはじめ、この学校の数学科の先生たちは、毎年入学してくる生徒に「算数・数学・9年史」という作文を書かせている。生徒たちの作文には、「全く分からなかった」「9年間、授業のあいだ中ずっと、先生と目をあわさないように必死だった」「数学を考えようとすると、頭のなかがぐちゃぐちゃになって、何がなんだかわからなくなってしまうのです」(以下、略)

分からない授業を9年間続けると、当然ながら精神や性格に影響を与えてしまいます。当塾の入塾願書には、「保護者からみたお子様の性格」欄というのがあります。下位生の場合は、この欄に例外なく、「消極的」「おとなしい」と記入されています。勉強ができないという理由だけで、「わざわざ税金を使って、劣等感を植え付け、消極的な人間を作っている」としか思えないのです。
一方、上位生に簡単な問題ばかりをやらすと、遊んでしまい、努力や工夫をしない大人になってしまうのでは、と心配します。「わざわざ税金を使って、努力や工夫をしない人間を作っている」としか思えないのです。2002年度から始まった「ゆとり教育」による教育内容削減で難しい問題も削除され、この傾向は以前よりひどくなりました。塾で応用問題をさせると、「学校ではこんな問題はやらない」とすぐにさじを投げ出します。「努力をしなくても何とかなる」と思わせるような授業は有害です。
筆者が行きつけの病院からもらっている薬の説明書には、「血圧低下によりめまい等があらわれることがありますので、車の運転や危険のともなう機械の操作等には十分に気をつけてください」と記されています。今日、副作用の表示は医療提供側の義務となっています。一方、公教育機関は、一斉指導の「副作用」を積極的に公表していません。この点からいえば遅れています。

二つめは、「下位生は置いてきぼりにし、上位生を遊ばせること」による生徒の授業妨害が、先生に与える精神的影響です。
同じく『公立中学はこれでよいのか』からの引用です。
     
おそらく、ストレスの原因として割合の高い、自分自身の力量という問題も、こうした状況と無関係ではない。これは、子どもたちを教育するという、いうまでもなく教師の仕事の基本的部分に関する問題である。教師に力量がなければ、子どもが荒れたり、授業が成立しない、といった現実的な支障が生じてくる。そうなれば、教師がストレスを感じるのも当然である。

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●第2章2 習熟度別指導の問題点
習熟度別指導は、一斉指導での大きな学力差を解消させる目的で導入されます。習熟度別に分けられた各クラスは、一斉指導での学力差が小さい場合と考えられます。したがって、習熟度別指導は一斉授業のほとんどの問題を縮小して引き継ぐことになります。
一方で、新たに「習熟度別に分けられた各クラス間の学力差」という問題が生じます。

習熟度別指導の実施状況
欧米の実施状況については、前述の『少人数指導 習熟度別指導』の中で、「欧米では能力別グループ学習が早くから導入され、一般化しています。欧米では、人間の発達・成長は万人ひとり違うという前提が受け入れられているのです。」、そして「アメリカの学校、特に高等学校(日本の中学三年生から高校三年生までの四年制学校)では、能力別『学級』編成での指導が、数学や外国語や英語で一般的です。」と述べられています。
一方、日本の公立小・中学校の実施状況について、文科省は、「07年度は小学校85%、中学校74%で実施され、教科別では小学算数83%、中学数学65%、英語46%の順である」と報告しています。ほとんどの公立小・中学校で実施されているようです。
 
習熟度別クラスでの授業
以前、筆者が勤務していた大手塾では、中学生の場合、入塾テストに合格した生徒を、学習の積み重ねの結果による個人差が著しい 教科との理由で、英語・数学の授業だけ習熟度別に上からA・B・Cの3クラスに分けて指導していました。そのときの経験を交えて各クラスの授業の様子を説明しましょう。

Aクラスでは、前学年にもどって説明することは一切しないで、新学習事項の解説をした後、問題演習をさせました。問題演習では、基本問題はさせないで、標準問題は短時間で済ませ残りは宿題に、そして、発展問題中心に授業を行いました。「Aクラスにいる以上、覚悟はできているな。いやならBクラスに行けば」と言わんばかりにガンガン指導しました。難関校への合格実績は、塾にとっては最も効果的な宣伝になります。また、将来の夢を持って、合格しようと一生懸命頑張っている生徒に合わせたくなります。時々教えなくても難問が解ける生徒がいたりすると、「どこが真ん中レベルか」分らなくなり、いつのまにかクラスの真ん中レベルよりもやや上位側に合わせてしまいます。
今から思えば、このクラスの最下位の生徒はたいへんだったと思います。しかし、Aクラスにいるというプライドがあるのでしょうか、授業についてきました。家庭教師を頼んだり、個別指導塾に通って、授業の分からないところを必死に補っていたことでしょう。
宿題は大量に出しました。部活で疲れているにもかかわらず、「多い、多い」と言いながら、宿題をして来ました。生徒の大半が、将来の目標を持っていました。高校入試の合格発表の当日に大学受験予備校に入学手続きをするやる気満々の生徒もいました。
「このクラスで頑張って、とにかく授業についてくれさえすれば難関校に合格できますよ」というような、いわばペースメーカー的な授業です。
このクラス担当の先生は、授業中とっさに難問を質問されてもよいように、十分な予習が必要です。質問に答えられないと生徒の信頼を失います。頭の切れのある先生が向いているクラスです。

次に、Bクラスでは、時々前学年にもどって解説し、標準問題中心に授業を行ないました。宿題が多いときは、自分の決めた勉強時間を越えて無理をして宿題を完成させようという気持ちはなく、全部はやって来ませんでした。
このクラスが一番教えやすいのです。できる生徒はAクラスに行き、できない生徒はCクラスに移ります。この結果、学力の均一な集団となり、1人の生徒が分からない問題は全員が解けないし、1人の生徒が分かる問題は全員が解けるという状態で、多人数いても1人を教えているようなものでした。

最後に、Cクラスでは、前学年にもどって解説し、基本問題中心に授業を行ないました。標準問題まで指導すると時間が足らなくなるからです。集中力はなく30分おきに休憩をはさまないと授業が続かず、私語が多い状態でした。「やればできる」と勇気付けるのですが、万年Cクラスの生徒は、「おれらぁ、アホだからやってもわかりゃせん」と口癖のように言います。
宿題を出しても大半の生徒がしてきませんでした。このために、前回の授業内容を忘れてしまい、先に進めなくなります。そこでまた前回の内容を再度授業する羽目になります。宿題をまじめにしてきた生徒が気の毒でした。特にやる気満々で入塾してきた生徒を受け入れるにはふさわしくないクラスです。
このクラス担当の時が、一番ストレスがたまりました。授業に自信が持てなくなります。頭の切れよりも、忍耐強く、気持ちを明るく持てる先生が向いているクラスです。

習熟度別クラス間の授業速度差の急拡大によるクラスの固定化
習熟度別にクラス分けを行なった後の定期的なクラス再編成の状況について、前述の『頭はよくならない』の中で、次のように述べられています。
そこで、途中から、二段階、生徒が多いときは三段階の学力別クラスを設定しました。一学期間に二回テストを行い、成績によって、標準クラス、選抜クラスのメンバーを少しだけ入れ替えるのです。しかし入れ替わる生徒は各学年毎回一、二名といった程度で、大きくシャッフル(位置や順番などを偏りなく無作為に並べ替えること)されてしまうことは絶えてありませんでした。

上記の「習熟度別クラス間の入れ替わりがほとんどない」という「クラスの固定化」現象を、大手塾勤務のとき筆者も経験しました。この現象が起きる理由を考えてみましょう。
今、図表2-1で示した30名の生徒から成る小6クラスを、習熟度別に上位・中位・下位の3クラスに分けたとします。このときの授業の速度を比較します。
基礎計算学習の場合
上位クラスの授業の照準(100人中20位)=100人中20位の単純問題解答速度2.75
中位クラスの授業の照準(100人中50位)=100人中50位の単純問題解答速度2
下位クラスの授業の照準(100人中80位)=100人中80位の単純問題解答速度1.25

よって、授業速度は、上位クラス:中位クラス:下位クラス=2.75:2: 1.25=11:8:5 となります。同じ時間に問題集を、上位クラスは11ページ、中位クラスは8ページ、下位クラスは5ページ進むと考えればよいでしょう。これがひと月、ふた月と年月が経つと大きな学力差ができます。
また、漢字記憶学習や発展問題学習の場合、上位クラス:中位クラス:下位クラスの授業速度差は、基礎計算学習の場合よりもさらに大きくなるので、学力差もおおきくなります。
このように、習熟度別指導では、クラス間の授業速度差の急拡大により、下のクラスから上のクラスへ生徒の移動が困難になり、生徒をいつまでも同じクラスに固定する現象が起こります。川にダムを設けたために、魚が下流から遡上できなくなるのと似ています。
この現象は習熟度別指導による当然の帰着であって避けることができません。3クラス程度の習熟度別指導で、下のクラスから上のクラスへ移動する生徒がいる方がおかしいのです。習熟度別指導の成果が上がっていないといえるからです。

これと同じ現象が、中高一貫進学校で、高校からの生徒募集をするときに起こります。高校から入学しても進度が速く、習っていないことも多く、中学から持ち上がった内部進学生と同じ授業では理解できないのです。このため学校は高校からの入学生に補習で対応します。それでも対応ができない中高一貫進学校では、高校からの生徒募集を廃止するところもあります。

「クラスの固定化」によって生じる差別感
前述したように、各クラス間の授業進度差が急速に拡大して、クラス間の移動が困難になることにより、「クラスの固定化」がおこります。「万年、下位クラス」という生徒がいることになります。
やる気を持って今日から入塾した生徒の横で、万年下位クラス生が「どーせ俺らアホやから、やってもいっしょ」などと、他の生徒がやる気を失うようなことを平気で言います。先生の「やれば出来る」「よし、その調子」などの言葉に、生徒が乗ってこなくなります。
塾や学校側の言い分は次のようです。「一斉指導」では下位生を置いてきぼりにしてしまう。それを防ぐためにわざわざ「習熟度別指導」にしてやった。にもかかわらず、感謝されるどころか「どうせ俺らアホやから、やってもいっしょ」などと言う。何のための「習熟度別指導」なのか、と。
ここで、我慢してさらに一工夫されているようです。それは、テストの点数だけでクラス分けをしないで、生徒の希望を優先させる方法です。自分の希望したクラスを主体的に選択させることにより、学習に責任を持たせ、学ぶ意欲を高める効果があるからです。
教育では、このように目的を達成するためには、さまざまな工夫が必要です。一つ試みたからといって、直ちに問題が解決することにはならないようです。失敗を口実に元の指導に戻るのではなく、失敗を成功の基にする気概が求められます。

トップクラス内の学力差が急速に広がる
まず、トップクラスの学力差が急速に広がる理由を、2008年度兵庫県公立高校入試結果(図表2-2)を使って説明します。
習熟度別クラス分けの方法には、一般的に各クラスの生徒数をほぼ均等に分ける「生徒数均等方式」が採用されます。今、中3生が99名いると仮定して、上から順にA・B・Cの各クラスに33名ずつ分けたとします。このとき、Cクラスの得点幅は0~49点、Bクラスは50~67点、Aクラスは68~100点となります。当然、平均点に近い中位クラスの得点幅が小さいので一番指導しやすくなります。生徒の不満も小さいでしょう。次に、Aクラスの得点幅は100-68=32点となり、Cクラスよりも得点幅が小さいので、指導しやすそうです。
しかし、ここに盲点があります。どんなに学力があっても高校入試では100点満点を超えることはないので、100点近くの生徒の中にずば抜けて優秀な生徒が隠れている可能性があるのです。

「能力の差」について、脳科学者の東京大学准教授池谷裕二著『記憶力を強くする』の中で、次のように述べられています。
 勉強の効果に関して、もうひとつ言えることがあります。それは、天才と凡人の能力の差は確かに大きいけれども、天才どうしの能力の差はさらに大きいということです。(中略)

このように、レベルが高くなればなるほど、各個人の能力の差が広がっていきます。これは、野球に限らず、テニスでも、将棋でも、ピアノでも、勉学でも、まったく同じ原理があてはまります。
これを読んで思い当たることがあります。筆者の卒業した鳥取県の田舎のY高校のトップクラス55名の内訳は、上は東大現役合格のN君から下は地元の鳥取大不合格者までいました。京大合格者はいなかったので、N君がダントツの1番ということになります。N君は学校に気分転換に来ている感じでした。それにしても大きな学力差のあるクラスです。
後年同高の同窓会誌に、定年退職した恩師の「Y高校に始めて赴任したとき、『この高校で教えられたらどんな高校でも教えられる。それほど学力差がある。』と、先輩に言われた」という述懐が載っていました。

このように、「生徒数均等方式」による習熟度別クラス分けでは、トップクラスに学力差が大きくなります。かといって、「学力差(点差)均等方式」で分けると中位クラスの生徒数が異常に膨らむ恐れがあります。
結局、トップクラスの学力差が一番広がる理由として、生徒数均等方式によるクラス分けの始点ですでに学力差が広がりすぎていること、さらにクラス分け後の合格実績を上げようと加速された授業の進行が学力差を比例的に広げることの2つが挙げられます。

クラス分け数が指導の質を決める
習熟度別指導を始めることで、一斉指導では遊んでいた上位生もうかうかしておられなくなり、勉強に本腰を入れることになります。結果一斉指導よりも学力差を加速させることになり、「クラスの固定化」を招き、下位クラスのやる気を削ぐことになります。これを解決するには、各クラス間の学力差を小さくして、クラス間の移動を容易にすることです。そのためには、3クラス程度ではなく、より細かなクラス分けが必要となります。「指導の質は習熟度別のクラス分け数で決まる」ということです。
前述の『少人数指導 習熟度別指導』の中で、イギリスのある中等学校(小学6年生から高校1年までの5年制学校)での能力別学級編成の様子を紹介しています。そこでは、中1年の数学の授業を能力別6クラスに分け6人の先生で授業をする体制がとられているそうです。
また、横浜市にある習熟度別指導の先進校である私立桐蔭学園のホームページによれば、年4回ある定期考査の結果、上のクラスの下位15~20%と下のクラスの上位15~20%を入れ替えるとしています。これは、隣り合う習熟度別クラスの15~20%の生徒が学力的に重なり合っていることを意味しています。
次に、関西のある大手進学塾では、6年生1600名を能力別に14段階のコースに振り分け、志望校ごとの指導をしています(06年1月4日朝日新聞) 。この進学塾の私立中学受験者は、公立小学校では学力の上位に属すると思われます。その上位生を14段階のコースに分けるのですから、クラス分けの密度はきわめて高いといえます。
しかし、以上のような高密度のクラス分けができるのは、都会の交通の便利な所に立地している先生数・生徒数の多い大規模校・大規模塾ということになります。過疎地の公立校では、通学距離・時間が伸びるので実施が困難です。したがって、ここに都会と過疎地との間に教育の品質格差が生まれます。

習熟度別クラス分けの限界
指導の質は習熟度別のクラス分け数で決まります。ところが、「学力差の特性(5):授業の進行が学力差を比例的に広げる」のですから、本来は授業や学年の進行とともに、まるで細胞分裂のようにクラス分けを繰り返さなくてはいけません。例えば、中1は3クラス、中2は4クラス、中3は5クラスに分ける方法です。
しかし、クラス分けをすれば先生も教室もその分だけ増えるのですから、経営的に限界が来ます。他塾との競走上他塾よりも少しだけ多く分ける塾、生徒や保護者からの苦情がなければクラス分けしない塾、苦情があっても「値上げしてもよいのか」と現行のクラス分けで押し切る塾など。このように、クラス分け数は経営者の恣意的に決められてしまうのです。この結果、不十分なクラス分けとなりがちです。

第2章のまとめ
1、一斉指導では、中位生に授業の照準を合わせる。このため、下位生を置いてきぼりにし、上位生を遊ばせることになる。
2、習熟度別指導では、各クラス間の学力差が広がる。このため、クラス分け数が少ないとクラス間の生徒移動がなくなり、生徒が同じクラスに固定され、下位クラス生がやる気を失う。
3、習熟度別指導は、生徒数・先生数の多い大規模校でしか運営できない。

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■第3章 1対10個別指導技術 ①開発方針

第2章では、「一斉指導」は学力差への対応ができないこと、そして、学力差対策の切り札として登場した「習熟度別指導」は、各クラス間の学力差が広がってクラス間の生徒移動がなくなるため、学力差への対応が依然として困難であることを述べました。
この第3章では、学力差の根本的な解決策としての、先生1人が生徒10名を指導する「1対10個別指導技術」を開発する上での基本方針を述べます。
 
●第3章1 1対10個別指導の利点

なぜ、1対10個別指導なのか
「1対2」や「1対3」の個別指導では、生徒一人当たりの先生の人件費
が高くなり、高月謝となります。このために十分な指導時間が確保できなくなります。公教育の「ゆとり教育」により指導時間が削減されて「学力低下」を引き起こしたように、不十分な指導時間は個別指導でも学力低下につながります。個別指導なら集団指導の半分の指導時間でよいという根拠は、どこにもありません。
例えば、個別指導塾に入塾した生徒の中には「他人を気にしないで自分のペースで勉強したい」というマイペース型の上位生もいますが、大部分は習熟度別指導の大手塾で伸びなかった下位生が多いのです。下位生の場合、解説や問題演習に時間がかかり、また学習習慣がついていないので宿題をしてこないことも多いのです。このために「個別指導塾に行かせているが伸びない」「個別指導塾は月謝が高いだけで学力がつかない」という苦情が頻繁に起きます。したがって、低月謝にして、十分な指導時間を確保できる体制を整える必要があるのです。
実際、他の個別指導塾にわが子を通わせている保護者から「今通っている塾から『受講時間数が少ないので伸びないから、夏期集中では受講時間を大幅に増やすように』と言われた。10万円かかると言われた」と電話で相談がありました。また、下位生を受け入れていた近所の個別指導塾が、最近、難関校受験生専門の個別指導塾に看板替えしました。全然伸びなくて苦情が多かったのでしょう。
このように月謝が高いというのは「1対2」や「1対3」個別指導の致命的な欠陥です。これを予想して、「家庭教師並みの品質で、一斉指導並みの月謝の個別指導」を掲げ、「1対10個別指導技術」の開発を目指すことにしました。
1対10個別指導技術の開発が成功すれば、次のようなワクワクするような利点が転がり込みます。

連続的に高いレベルに引き上げられる
第2章で、習熟度別指導ではクラス間の授業速度差の急拡大により、下のクラスから上のクラスへ生徒の移動が困難になり、生徒をいつまでも同じクラスに固定する現象が起きることを説明しました。
これ以外にも次のような欠点が、習熟度別指導にはあります。
しょせん習熟度別指導といえども集団指導ですから、生徒が頑張ってクラスのトップに行けば行くほど、そのクラスの真中レベルに合わせる授業との学力差が大きくなり、授業がその生徒の学力向上には次第に役に立たなくなります。足踏みさせることになります。この足踏み状態で次のクラス編成テストまで待たなくてはいけません。幸い、上のクラスに行けたとしても、今度は習っていないことが多く授業が理解できなくなります。このため補習を受けながら授業を受けるという猛烈学習をさせることになります。
例えば、大手塾の夏期集中講座を受講して「1日でやめた」生徒が、個別指導の当塾によく入塾して来ます。学習進度が速く、しかも習っていないことが多くついて行けないからです。「夏期集中講座前に、1週間補習するから大丈夫」と塾側は言いますが、1週間の補習で間に合うのなら、「1年も2年も前から入塾していた生徒の勉強は、一体何だったのか」と言いたくなります。このような遅く受験勉強を始めた生徒や頑張って上のクラスに上がろうとする生徒が、習熟度別指導では苦労するのです。
一方、1対10個別指導では、伸びようとする生徒を、このような足踏みや猛烈学習をさせずに、少しずつ負荷をかけながら基礎から応用まで「連続的」に高いレベルに引き上げることができます。

私学受験で優位に立てる
入試問題の傾向・レベルが各学校で異なる私立中学・私立高校受験では、1対10個別指導は集団指導よりも圧倒的に優位になります。その理由は3つあります。
1つは、入試の傾向(出題傾向、出題レベル)に早い時期から合わせられるからです。集団指導の場合、同じ私学受験者の数がまとまらないと、その学校の受験対策クラスを編成できません。このため、入試直前になってやっと過去問題集(赤本)を使った指導をします。1名しか受験しない私学の受験対策では「どこの私学も入試の傾向は同じだから」などと偽って、別の私学の受験生と一緒に指導をします。
2つ目は、生徒の得意・不得意の教科・分野に指導を合わせられるからです。例えば、英語が得意な生徒には、英語は宿題だけにして、残りの数国に指導を集中できます。さらに、数学の計算分野が得意であれば図形分野の指導に集中できます。この偏った指導が個別指導のお家芸です。
3つ目は、一気に伸ばすための豊富な授業時間数を低費用で提供できるからです。月火水木金土の午後5時から10時までの合計30時間の開講時間中は、いつでも指導できます。その生徒のために、新たに指導時間を設ける必要はありませんから、先生への時間的な負担が生じません。

新教科開設のリスクが軽減できる
集団指導の場合、例えば、「児童英語」を新規開設するとき、先生、生徒、教室の3つ同時確保が問題となります。生徒が集まっても先生が見つからなくて、急きょ児童英語を中止して塾の信用を失うとか、逆に先生が見つかっても生徒が採算のとれる人数に達せず、長期にわたる人件費・家賃の負担で赤字経営に陥るなどのリスクを負うことになります。このため新しい企画に及び腰になります。他塾の成功を確認してから自塾も始めるとか、成功の可能性がよほど高くないと新企画に踏み切れないのです。
しかし、1対10個別指導の場合は、一つの教室内で、他の生徒が算数を勉強している横の席で児童英語を指導できます。先生や教室を増やすことなく、利益を上げることができます。新企画のリスクを大幅に軽減できます。

生徒の分散と集約ができる
生徒の分散と集約ができることによる利点を3つ挙げます。
1つは授業が静かになることです。一斉指導でも習熟度指導でも、集団指導は同学校・同学年の友達同士が集まるので騒がしくなります。授業中、「静かに」という言葉を2分間に1回の割合で発するほどうるさいのです。先生が優しいほどうるさくなります。特に下位生ほどうるさくなります。授業後教室を掃除すると、ノートを丸めた紙つぶてがいっぱいです。生徒に背を向ける板書の時間に投げ合ったものです。大声で「静かに」を連発しながら授業を進めるのは相当疲れます。何よりも指導効率が低下することです。時間をかけてプリントの準備をしても、騒がれるとオシマイです。
 一方、1対10個別指導では、騒ぎやすい同学年の友達同士を他の曜日に分散できます。さらに様々な学校・学年の生徒が混じることで静かになります。騒がしい授業とは無縁です。「静かに」を大声で連発しなくてよいので先生の疲労も少なくなります。指導に専念でき、指導効率も上がります。
 2つ目は、学年によって生徒数が偏る場合に平準化できることで、指導の質が向上できることです。例えば、中1生10名、中2生10名、中3生20名というように受験学年である中3の生徒数が、どこの塾でも多いのです。集団指導では生徒数が多い中3生の授業が、受験学年にもかかわらず、うるさくなります。1対10個別指導ではこれが分散でき、どの曜日も同じような生徒数に編成して、指導の質を向上させることができます。
 3つ目は、出店(新教室開設)のリスクが軽減できることです。一斉授業では、小4から中3の各学年1クラスを週2回授業をするとして、午後5~6時の部(小4:月木、小5:火金、小6:水土)、7~9時の部(中1:月木、中2:火金、中3:水土)となります。このすべてに先生を用意することになります。学力差に対応できないので、品質は相当劣りますが、最低限これだけは必要です。
これに対して、1対10個別指導では午後5~6時の部(小4・5・6の混成:月水金)と7~9時の部(中1・2・3の混成:月水金)だけで教室を開設でき、一斉授業の半分の曜日に生徒を集約できます。この結果、先生の人件費や光熱費を半減できるのです。おまけに学力差や週3回受講したい生徒にも応えることができます。
このように、出店のリスクが大幅に減り、しかも一斉授業よりは品質を向上できます。出店後も生徒数の増減によって開講日も増減できるので、損益分岐点を下げられ、不況に強い経営体質となります。

以上のような「利点」への洞察がないと、1対10個別指導の開発には立ち向かうことができないでしょう。困難に直面したとき、元の集団指導に戻ろうとするからです。

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●第3章2 1対10個別指導開発の優位性
1対10個別指導の開発は、未知の試みなので一見難しそうに思えます。しかし、よく考えてみると集団指導よりは有利な点がいくつかあります。

指導法の改善サイクルが短い
集団指導の場合、指導法の改善サイクルは次のようです。


まず、「①新プリントを授業で試用」してうまく行かない場合、「②問題点を分析してこのプリントを改善」します。そして、この改善されたプリントが使い物になるかどうかを確かめるのは、同じ授業をする1年後の授業になります。これを2~3年繰り返してやっと完成することになります。こんなに期間がかかると、当初の改善意欲が薄れたり、プリントが行方不明となったりする恐れがあります。
一方、集団指導と違って1対10個別指導の場合、まず1人の生徒に「①新プリントを試用」してみてうまく行かない場合、「②問題点を分析してこのプリントを改善」し、さっそく2人目にこの改善された新プリントが使い物になるかどうかを確かめることができます。こうして6~7人目を指導する頃にはあらゆる改善点を盛り込んだ教材に仕上がります。このように1対10個別指導の場合は、指導法の問題点に気づき、何とかしたいという熱い思いが冷めてしまわない1~2週間のうちに、新指導法の完成まで一気に済ますことができます。短期間で一件落着というわけです。
このように、1対10個別指導の方が、集団指導より指導法の改善サイクルが圧倒的に短く、改善も確実にできます。

指導法を開発する成功率が高い
集団指導の場合、第2章で「適性処遇交互作用」を引用して述べましたが、下位・中位・上位いずれの生徒も伸ばせる指導法は少ないのです。たいてい下位生を伸ばす指導法は、上位生には「簡単すぎてやる気がしない」となり、逆に、上位生を伸ばす教材は「難しすぎて下位生には使えない」となるのです。このようにせっかく指導法を考えても、クラス全員には合わないので授業に採用できないことが多く、指導法の開発が難しいのです。
一方、1対10個別指導の場合、下位・中位・上位のそれぞれの生徒用に合う指導法を考えればよいので、新指導法開発の成功率が高くなります。例えば、国語の読解問題の指導のとき、上・中位生にはいきなり問題を解かせます。下位生には、まず問題文を音読させて読めない字や意味を指導後、問題を解かせます。この二つの方法で指導すればよいのです。集団指導の場合のように一つの方法しかだめだ、というわけではないのです。
このように、集団指導より1対10個別指導の方が、指導法開発の成功率が高いのです。

教材を試しやすい
現在多くの市販用・塾専用教材が発行されています。1対10個別指導の場合、その中の教材を試しに一人の生徒に使ってみて、良ければ他の生徒にも使うという手法がいとも簡単にできます。しかし、集団指導の場合では、クラスの一生徒に別の教材を渡して別授業をすることは不可能です。他の生徒から「差別だ」「ひいきだ」と言われてしまいます。
どんなによい教材だと言われても、実際の指導に使ってみないことには本当のことは分からないのです。例えば、よい教材だと思って使ってみると、ていねいに作られているために指導時間がかかりすぎてかえって使えない、というようなことが起きるからです。
このように、集団指導より1対10個別指導の方が、教材を短期間に多く試せるので、より最適の教材を選ぶことができます。

以上、指導上の問題点があっても、改善に時間がかかり過ぎたり改善そのものが難しい集団指導と、短時間に簡単に改善できる1対10個別指導。開発当初は未熟な1対10個別指導でも、時間が経てばいつかは一斉指導や習熟度別指導の品質を超えることができるはずです。

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●第3章3 指導法の確定
教科や生徒の学力差の違いで異なった指導方法を採用すると、生徒や先生が混乱し、無駄な時間やミスも増えます。そこで、全学年・全教科・全単元に共通の1対10個別指導にふさわしい「基本的指導法」を確定する必要があります。この「基本的指導法」を維持しつつ微調整して、教科や生徒の学力差の違いに対処することになります。
その際、集団授業のまねをするのではなく、学力向上の原点に戻り、効果的な指導法を、1対10個別指導に取り入れたいものです。

プログラム学習の採用
集団授業では、項目ごとの「解法の解説→類題演習」を繰り返して、最後にその単元の「まとめテスト」という手順で行なわれます。この場合のまとめテストの役割は、成績をつけるためのもので、生徒のわからないところを見つけて補習に生かすためのものではありません。
例えば、9月1日に「方程式」の単元の指導を始めて、10月末にこの単元のまとめテストをしたとします。このまとめテストで0点の生徒は9月1日の方程式の習い始めからずっとわからないまま授業を無駄に受けていたことになります。そして11月以降の放課後、この生徒は方程式の全範囲の補習を受けながら、さらに方程式の次の単元「比例・反比例」の授業を受けるという二重の学習を強いられることになります。こんなことをすればますます勉強嫌いになります。結局、このような補習はできないことになります。
これを防ぐためには、「解法の解説→類題演習→確認テスト」として、項目あるいは小項目ごとに確認テストをして、生徒の分からないところを見つけてやり(下位生は、どこがわからないのかがわからないので、自分から質問できない)、すぐに指導し直すことが必要です。指導し直すのは確認テスト範囲という狭い範囲なので、再指導の時間は少なくてすみます。したがって、1対10個別指導にはふさわしい指導方法となります。
このような、ごくやさしい問題を積み上げて、ほとんど誤りをおかすことなしに、すこしずつ進むという「解法の解説→類題演習→確認テスト」の指導方法は、プログラム学習と呼ばれ、従来から広く使われている指導方法です。安心して採用できます。

指導単位                 
 上記のプログラム学習をヒントに、図表3-1のように指導方法を確定します。「解説→類題演習→進級テスト」からなる一連の指導を「指導単位」と呼ぶことにします。「指導単位で、一人ひとりの生徒を指導すること」。これが当塾の個別指導の定義です。


⑴ 解説 
先生が生徒に新しい学習事項の解説をします。ただし、学習事項の難易や生徒の学力レベルによって、解説を先生が直接生徒にする方法、先生が生徒の自力学習を支援する方法、生徒の自力学習に任せる方法というように解説方法を変えます。
⑵ 類題演習 
解説を理解し定着させるための類題演習をさせます。このとき生徒の学力レベルに応じて基本・標準・発展と問題のレベルを変えます。
なお、「演習」としないで「類題演習」としたのは「解説事項と完全に類似する問題の練習」という意味を強調するためです。解説事項から外れた問題をさせると「習っていない問題がある」と下位生から多くの質問が来て、一人の先生が10名の生徒を指導することが困難になります。したがって、1対10個別指導では、解説・類題演習・テストの相互に高度の類似性が要求されます。
⑶ 進級テスト
類題演習で学力がついたかどうかのテストをし、採点後得点を記入します。
テストの間違い箇所は解説を引用しながら説明します。テストで合格した生徒は、「次の指導単位」に進級させます。不合格の生徒は、「現在の指導単位」を再学習させます。
なお、他のテスト類「単元テスト」「学力診断テスト」と区別するために、この指導単位で使うテストを特に「進級テスト」と呼びます。
指導単位の利点
この指導単位「解説→類題演習→進級テスト」の利点は、4つあります。

1つ目は生徒の学力差に「学習速度」と「学習事項の難易度」の両方で対応できる点です。例えば、中1年数学「方程式」の単元の各項目の指導単位を、次のように計算分野を「易」→「難」、その次に文章題分野を「易」→「難」となるように組み立てたとします(図表5-9 学力差に「進度差で対応す
る方法」)。
①整数計算 ②かっこを含む計算 ③小数を含む計算 ④分数を含む計算 ⑤計算の総合問題 ⑥基本的な文章題 ⑦標準的な文章題 ⑧難解な文章題 ⑨文章題の総合問題
 一ヶ月間に、最初の①整数計算から、下位生は⑤計算の総合問題まで進み、中位生は⑦標準的な文章題まで進み、上位生は⑨文章題の総合問題まで進むというように、生徒の学力差に学習速度と学習事項の難易度で対応できます。
この結果、自分の学力に合った学習なので、生徒はやる気を持って静かに学習します。

2つ目は、生徒のレベルに「再指導」「固め指導」「飛ばし指導」で対応できる点です。
「再指導」とは習ったことをすぐに忘れる下位生にふさわしい指導方法です。「知能の低い子の指導の方針としては、一度にあれこれ欲ばらずに、基礎になるドリルを何度も重ねることです。同じことの繰り返しでもよいから、身につくまでくりかえしてやらせることです。ですから、狭い分野のことで一部分のことだけやればよい作業をさせるのがよいようです。」(品川不二郎『勉強好きにする導きかた』)とあるように、「等式の性質→整数の計算→かっこを含む計算→分数を含む計算」という基礎計算分野のテストを身につくまでくり返しさせるというものです。
次の「固め指導」は記憶力と理解力に優れた上位生にふさわしい指導方法です。これは「等式の性質→整数の計算→括弧を含む計算」の3つの指導単位ごとに「解説→類題演習→進級テスト」と進まないで、3つの指導単位を「固め」て1つの指導単位とみなし、1回の解説、1回の類題演習、1回の進級テストで済ます方法です。下位生用に作った細かいステップで上位生を指導すると、短時間に「解説→類題演習→進級テスト」のサイクルを繰り返すことになるので先生が忙しくなり、他の生徒を指導する時間がなくなるのです。また、この固め指導の方が速く進めるので、上位生には好評です。
最後の「飛ばし指導」は、前述の「固め指導」よりもハイスピード指導です。例えば「等式の性質→整数の計算→括弧を含む計算」の3つの指導単位ごとに「解説→類題演習→進級テスト」と進まないで、このうちの簡単なところは授業では飛ばし、代わりに宿題に出して「自分で考えさせる」という指導法です。ただし、進級テストだけは必ずします。学習に緊張感を与えるためと、定着状況を確認するためです。この場合でも「難は易を兼ねる」と考えて容易な進級テストは飛ばして、難しい進級テストだけします。
なお、「自分で考えさせる」という指導方法については、宮本美沙子、加藤千佐子『やる気を育てる』の中で、「知能得点の高い人では、逆に自分で本を読む方がいくらか効果が上がっていた。」という研究報告を紹介しています。実際に、塾で上位生のクラスを指導する場合、先生は簡単な問題はさーっと流すように説明しています。解答を見ながら、自分の誤った解き方を修正する力が上位生にはあるからです。

指導単位の3つ目の利点は、分らないまま放置される無駄な時間がなくなる点です。例えば、集団指導の場合、真ん中レベルに合わせ、下位生がつまずいても無視してどんどん授業を進めます。一方、指導単位では、小きざみに「解説→類題演習→進級テスト」と進むので、つまずいてわからなくなったまま進むことはなく、無駄な指導時間がなくなります。

4つ目は、生徒からの質問が少なくなる点です。進級テストで不合格になるともう一度、「解説→類題演習→進級テスト」を学習する羽目になるので、緊張感を持って「解説→類題演習→進級テスト」の各過程をきっちりと学習します。いいかげんな学習ではないので、質問も少なくなります。

このように指導単位「解説→類題演習→進級テスト」方式は、生徒の学力差にうまく対応できます。この指導単位の形を維持しながら、教科・単元の違いに対処することになります。

反復復習教材(指導単位の前提条件)
図表3-1では、「不合格」の場合、直前の指導単位にもどって指導し直すようにしています。しかし、図表1-3で示したように、小6生の国語では約25%の生徒が1学年以上、算数では約17%の生徒が1学年以上遅れています。このような生徒には、直前の指導単位よりもかなり以前の1、2年前の学習事項にまで戻って教える必要があります。例えば、中1生に方程式の計算方法を指導中に、小学分数計算まで戻って指導する羽目になった時です。その生徒に多くの解説時間を要し、このため他の生徒の指導がおろそかになり、1対10個別指導ができなくなります。
そもそも、先生の「短時間」の解説で、生徒が新学習事項を理解できるための前提条件とは、「生徒に既習事項が習得され、いつでも活用できる状態にあること」です。この前提条件が崩れている生徒に、短時間の解説で新学習事項を理解させることはできません。料理で言えば、大根やにんじんなどの食材がすでに用意され、いつでも煮炊きできる状態にある上位生と、これから大根やにんじんをスーパーに買いに行こうという下位生との違いです。
そこで、習ったことをすぐに忘れてしまう下位生を「既習事項が習得されいつでも活用できる状態」にしておくための教材として、「反復復習教材」が算数・数学、英文法などの知識積み上げ型の教科に必要となります。


このため当塾では、図表3-2のように学年ごとの基本事項総復習用の「反復復習教材」を作り、学校が休みの春・夏・冬の集中講座期間中を全生徒の反復学習に当てています。さらに平常の授業でも、忘れっぽい下位生には頻繁に反復復習教材の宿題を出しています。そうすることで、短時間の解説で済み、1対10個別指導が滞りなく運営できることになります。

なお、反復復習教材の役割は、生徒からの質問が減り1対10個別指導が滞りなく運営するためだけではなく、図表3-3に示すように、上位生の持っている跳び箱型の理想的な知識の構造に近づけるという目的があります。基本(既習事項)が弱いと、以降の学力の伸びが期待できないからです。


解説よりも問題演習の反復
学力を上げるには、「解説」か、それとも「問題練習の反復」に時間をかけるべきか。これを判断するため、長年教育現場で生徒指導に当たってきた経験者の意見を調査しましょう。

新聞に、ベネッセコーポレーション福島保社長と記者の、次のような対話が載っていました(2008年1月23日朝日)。
「紙の通信教育はもう時代遅れですか。」―「そうではありません。学習の基本は紙に書くこと。ノートを取って、問題集を反復練習しないと実力はつかない。(後略)」

ベネッセコーポレーションは、通信添削の会員数では、幼児、小中高校生合わせて391万人を有する通信教育事業会社です。学力向上のノウハウを多く蓄積しているはずです。そのトップの発言として、「ノートを取って、問題集を反復練習」との意見は尊重すべきでしょう。

次に、渡辺寿郎『英語構文必修101』のはしがきには、「やがて英語の教師になって、県下随一の進学校であるF高校へ赴任しました。驚いたのは、生徒が優秀なのに、文法演習問題のぎっしり詰まったガリ版のプリントを、毎時間1枚集中して行っていたことです。文法は、通り一遍の理屈をいうよりも、大量のドリルのシャワーを全身に浴びるほうが身につくことを、この時学びました。」とあります。ここでも「通り一遍の理屈(解説)」よりも「大量のドリル(問題練習)」を強調しています。
以上をまとめると、「解説」よりも「問題練習の反復」が、学力向上への最短コースということになります。

一般人の錯覚として、「解説がうまければ、スイスイと頭に入って、自然に覚えられ、たいして問題練習をしなくても問題が解けるようになる」と思いがちです。しかし、教えた内容が生徒に定着し学力がつくのは、やはり問題練習の反復です。
実際に、下位の生徒に同じ問題のテストをすると、1回目はほとんど出来ていたのに、1週間後の2回目には半分しか出来ていないことがあります。中には「分りやすい解説」すら忘れています。このような生徒に新たな内容を教えても、「覚えては忘れ」の繰り返しになります。習ったことを忘れさせない反復指導が重要です。進学塾でも受験前には何度も反復させているのですから。
 
記憶法
書店に行けば多くの記憶法の書物があります。それだけ必要とされているからでしょう。実際に一斉指導のとき「先生この辺でいつもの面白い覚え方を」と生徒によくせがまれたものです。大手塾で中2の理科を担当していました。1年目に10名の生徒が、2年目には30名に増えたのは、「面白い覚え方」がヒットしたおかげだと思っています。例えば、「星(ほし)は,北(ほ)っ極星の周りを(し)の字の方向に回転する」などです。筆者自身、記憶法を駆使して受験勉強を乗り切ったようなものです。
生徒の学力レベルに関係なく、記憶法には力を入れるべきであると考えます。記憶法により記憶のための反復回数を減らすことができ、教育の生産性向上に寄与できるからです。
なお、記憶法の中では、ゴロ合わせが一番生徒の受けがよいようです。ア行を1、カ行を2、サ行を3に当てはめるような、数字を5十音(アイウエオ)に変換する凝った記憶法の習得は苦手です。
 
コンピューターよりも紙教材、音声機器を優先
コンピューターを使った指導、従来の問題集・プリントなどの紙教材を使った指導、テープレコーダー・CDプレーヤーなどの音声機器を使った指導の利点・欠点について述べます。
⑴ コンピューターを使った指導
当塾では、1987年頃から個別指導にコンピューターを使い始めました。これまで、NECのPC-8801、セイコーCAI勉卓、教育社Xs(キーズ)などを使用しました。コンピューターと教育ソフトの進歩は著しく、良質のものがずいぶんと安くなりました。
しかし、利点は同時に欠点となります。進歩が著しいので、「今使っているハードやソフトより、もっといいものが発売されていないか」と、生徒よりもコンピューターが気になって仕方がなくなります。また、教材を作成したり生徒のつまずき箇所を発見する能力が、退化する恐れがあります。それによって、ますますコンピューターに依存することになります。教育ソフトメーカーの思うつぼです。
また、コンピューターにまかせっきりにすることにより、生徒と先生の直接会話の機会が少なくなり、会話能力も退化します。自分の思いをうまく伝えられなくて、突然キレル生徒が増えてきます。
結論として、学力を上げるには問題演習の反復ですから、コンピューター学習だけで成績は上がらないようです。ただし、成績が上がるかどうかは別にして、生徒に人気のあるコンピューター指導システムから学べることが多くあります。人気の理由を見つけ、紙教材や音声教材にどう取り入れたらよいかを考えることは大切です。たいていの場合、工夫すれば紙教材や音声教材でも代用可能です。映像は図鑑や学習漫画で補うというように。
当塾でコンピューターを使う一番の理由は、実を言えば、コンピューターを使っていないと、「あの塾は古い」と思われるのを避けるためです。

⑵ 紙教材を使った指導
参考書・問題集・図鑑・学習漫画・プリントなどの紙教材は、コンピューター以上に「ハイテク」だと思いませんか。安い、かさばらない、故障しない、充電の必要はない、折り曲げられる、書いても消せる、メモを貼り付けられる、すぐにページを開けられる、これまでの膨大な紙教材の蓄積があるなど。反復練習して知識を習得するために使うものとして、紙教材は依然として教材としての主役にふさわしいと思います。また、本番の中間・期末テスト、入試などはすべてペーパーテストですから、普段から本番と同じ紙教材で学習させることは合理的です。
さらに、紙教材に慣れさせることは「読書好き」に導くことになります。成績のよい生徒はたいてい「読書好き」です。読書によって、好奇心ややる気を育てられるからでしょう。

⑶ 音声機器を使った指導
テープレコーダーやCDプレーヤーなどの音声教材を使った指導は、コンピューターに比べると一見古い教育機器に見えます。しかし、先生がいろいろ工夫して吹き込むことができ、操作が簡単で、安価な点ではコンピューターよりも優れています。
また、脳科学によって近年教育効果が見直された「音読」学習を支援できるテープレコーダーの役割は、コンピューターに負けてはいません。

先生も生徒も、成績が伸びないと目新しいものに飛びつきがちです。新しいものが、必ずしもハイテクだとは限らないのです。今手元にある紙教材やテープレコーダーの使い方を見直して工夫すれば、コンピューターに頼らなくても1対10個別指導は可能です。

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●第3章4 開発項目と開発手順
学力診断テスト・単元別テスト
個別指導では、生徒の正確な学力を知り、その学力に合わせて教材や指導
法を細かく選択して伸ばそうとするのですから、その基礎となる「学力診断テスト」の精度が重要になります。それには、小中学生が多く受験する業者主催の模擬試験を採用する以外ありません。
さらに、この学力診断テストで低得点の生徒には、「単元テスト」をしてどの単元でつまずいているかを詳しく調べる必要があります。したがって、学力診断テストと単元テストの作成が開発項目となります。
なお、単元テストよりも細かい項目でのつまずき箇所を見つけるテストは、進級テストで代用できます。

1対10個別指導の仮想授業
開発項目を明確にするために、指導単位「解説→類題演習→進級テスト」に基づいて1対10個別指導をするとき、どのような問題が発生するのか考えてみましょう。
60分授業では、一人の生徒に「解説」できる時間は60分÷10人=6分となります。一人ずつ順に6分間今日の学習内容を解説していくと、最後10番目の生徒に解説を終えたときにはちょうど60分授業が終わる時間になります。この10番目の生徒は、授業の初めから解説を受けるまでの54分間ずっと待たされることになります。これでは何のために塾に来たのか分りません。「解説時間の短縮」、これが開発項目であることが分ります。
次に、一人の生徒に解説できる時間を工夫して6分から1分に短縮できたとします。それでもまだ最後10番目の生徒は、授業の初めから解説を受けるまでの9分間ずっと待たされることになります。これは「授業は必ず解説から始めるべし」という固定観念があるからです。解説よりも短時間(10秒以内)で学習状態に移すことができる類題演習や進級テストから始めれば、9分間の待ち時間はさらに短くなります。「解説時間を分散させて、類題演習や進級テストから始められる工夫」、これも開発項目です。
さらに、類題演習の問題量を多くして先生の負担を少なくすることが必要です。類題演習の問題量が少ないと、短時間に生徒がこれらを済ましてしまうので、先生が「この問題をして」「この進級テストをして」と指示する回数が多くなり、先生はてんてこ舞いになります。「類題演習の問題量を多くする」、これも開発項目です。なお、「問題量を多くする」ことは、学力を上げるには「問題演習の反復」が効果的だと、先に述べたことにも沿う方法です。
その他に、いちいち先生が指示しなくても生徒自身ができることは自分でするように習慣づければ、指示待ち時間をさらに減らすことになります。「セルフサービス化」も開発項目となります。
また、学力に応じて配布する教材が異なるので、教材数が膨大になります。教材数を少なくする工夫が必要です。さらに指導中でも、つまずき箇所に合わせたプリントを即座に渡して、生徒を待たせないようにしなくてはいけません。「教材配布の能率化」も開発項目となります。

開発項目の列挙
以上まとめると
⑴ 全般的なこと
参考書・問題集・図鑑・学習漫画・プリントなどの紙教材やテープレ
コーダー・CDプレーヤーなどの音声機器を使った指導。
⑵ 指導単位「解説→類題演習→進級テスト」
解説・類題演習・進級テスト:相互に高度の類似性を保つこと。下位
生に合わせて細かい指導単位にすること。
解説:記憶法を導入、解説時間の短縮、音声機器を使った指導。
類題演習:問題数を多くすること。
⑶ 反復復習教材
学年ごとに基本事項を拾い出して作成。反復学習に合わせて、学習月
日・学習時間・得点などの学習履歴の記入欄を設けること。
⑷ 学力診断テストと単元テストの開発
⑸ その他
解説時間の分散、セルフサービス化、教材配布・教材費請求事務の   能率化。

( ⑴、⑵、⑶、⑷は第4・5章で、⑸は第6章で説明します)

開発手順
いきなり1対10というわけにはいきません。1対1、1対2、1対3、……と負荷を少しずつかけ、問題点をつぶしていくべきでしょう。
また、例えば算数・数学の1対10個別指導法を開発する場合、小1→小2→小3→……中1→中2→中3と低学年から高学年に向かって開発するのが妥当でしょう。その理由は2つあります。
1つは、開発の易しいものから難しいものへ、責任の軽いものから重いものへと移行しているからです。「学年が進むにつれて学力差が広がり、……(特性1)」ということは、学力差が一番小さい小1が容易に開発できそうなので、これから着手すべきです。受験学年の中3は責任の大きな学年なので最後に回します。
2つ目は、指導法を統一できるからです。例えば、小5教科書で、「仕入れ値・利益・定価」を扱う文章題を習います。このときに使う「図解」を、小6・中1・中2・中3と再使用することにより、指導法が統一できます。また、小5にわかる教え方は、高学年にとってはさらによくわかるはずです。
このような理由で、小1から中3に向かって、前述の列挙した項目を指導現場で試しながら、一つずつ開発していくことになります。

第3章のまとめ
1、改善が難しく、改善に時間がかかる集団指導と、逆に簡単に短時間に改善できる1対10個別指導。開発当初は未熟な1対10個別指導でも、時間が経てばいつかは一斉指導や習熟度別指導の品質を超えることができる。
2、「解説→類題演習→進級テスト」で指導するプログラム学習は、生徒の学力差に「学習速度」と「学習事項の難易度」の両方で対応できる。 
3、プログラム学習では、生徒を指導し直すのは不合格になった進級テストの狭い範囲である。指導し直す時間が少なくて済むので、プログラム学習は1対10個別指導にふさわしい指導方法である。
4、1対10個別指導には、下位生を「既習事項が習得されいつでも活用できる状態にしておくための教材」として、反復復習教材が必要である。
5、1対10個別指導では、下位生は反復復習教材を繰り返し演習させること
  により、中・上位生は読解力を育てて自立学習をさせることにより、先生
にかかる負担を軽減する。

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●引用文献
第1章
天野清、黒須俊夫『小学生の国語・算数の学力』秋山書店、1992年
加藤幸次『少人数指導 習熟度別指導』ヴィヴル、2004年
榊原清、小宮山栄一、平沼良、斉藤寛治郎、応用教育研究所知能検査部『新
訂教研式学年別知能検査 中学1年』(45566・K)図書文化社
隂山英男『徹底反復計算プリント』小学館、2002年
川島隆太『自分の脳を自分で育てる』くもん出版、2001年
栗田昌裕『栗田式記憶法入門』PHP研究所、2002年
タイラー、高田洋一郎訳『テストと測定』岩波書店(原著1963年)、1970年
山崎史郎『教育心理学』ブレーン出版、2004年
米山公啓『無理せず覚える記憶術』インデックス・コミュニケーションズ、 2006年
NHK教育プロジェクト、秦政春『公立中学はこれでよいのか』日本放送出版協会、1992年
晶学社出版会『兵庫模試受験生進学データ集 平成20年度版―21年春用―』晶学社・兵庫模試事務局、2008年
文藝春秋編『教育の論点』文藝春秋、2001年
佐藤学『「学び」から逃走する子どもたち』岩波書店、2000年

第2章
小浜逸郎『頭はよくならない』洋泉社、2003年
池谷裕二『記憶力を強くする』講談社、2001年

第3章
品川不二郎『勉強好きにする導きかた』国土社、1980年
宮本美沙子、加藤千佐子『やる気を育てる』有斐閣、1984年
渡辺寿郎『英語構文必修101』増進会出版社、2004年

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